魔法使い時々王子

アリスはしばらく黙り込んだまま、手元のクッキーを見つめていた。
そして、ぽつりと零す。

「……お父様は、セオにすでに婚約者がいたことを知っていながら、無理に話を進めたのね……」

胸の奥が、じわりと痛んだ。

「この国の人たちから、私はきっと……恨まれているわよね……」

その言葉に、リトは感情を滲ませない、いつもの落ち着いた声で答えた。

「そうとも限らない」

アリスが顔を上げると、リトは視線を本棚の方へ向けたまま続ける。

「ニーナの父親は左大臣だ。もしニーナがセオと結婚していれば、左大臣家の力はさらに強くなっていた。だから今回の婚約で、その影響力が削がれることを喜んでいる者もいる。右大臣家なんかは特にな」

淡々と語られる政治の話に、アリスは小さく息を吐いた。

「……そう。結局、私の結婚は、会ったこともない誰かの立場を動かすためのものなのね」

アリスは微かに笑おうとしたが、それはうまく形にならなかった。

「私も、セオも、ニーナも……誰ひとり幸せにならない。
ただ、駒が置き換えられただけ」

その言葉は、図書館の静けさの中に、重く落ちた。

リトはしばらく何も言わなかった。
やがて、本を閉じ、アリスを真っ直ぐに見つめる。

「……それでも、あんたは逃げなかった」

その一言に、アリスははっとする。

「逃げずに、この国に来た。
それだけで、あんたは弱くない」

アリスは驚いたように目を瞬かせ、やがて小さく微笑んだ。

「……ありがとう、リト」

夕暮れの光が図書館に差し込み、二人の影を長く伸ばしていた。
その静かな空間で、アリスは初めて、この国で“本音を語れる場所”を見つけた気がしていた。