シドはいつもと変わらず、ロザリアに任された仕事を淡々とこなしていた。
急ぎの報告書を届け、整理棚をひとつ片づけ、時には雑用のような書類の仕分けまでやらされる。だが、いまのシドにはその忙しさがむしろ救いだった。

ロザリアは――おそらく気づいている。
あの夜、アリスとシドの間に起きた変化に。
けれど彼女は一度も問わず、追及もせず、ただいつも通り仕事を振るだけだった。

その沈黙が、シドにはありがたかった。
雑務に没頭している間だけは、余計なことを考えずにすむからだ。

あの夜以来、シドの頭の中は静まる気配がなかった。
アリスの言葉、触れた温もり、交わした想い――思い出すたび、胸の奥が波立つ。

(どうなるって言うんだ)

アリスは他国の王子に嫁ぐことが決まった王女。
自分は、元王子であったとしても、いまはただの王宮勤めの魔法使いにすぎない。
分かっている。手を伸ばせば傷つくだけだということも。

それでも――。

今夜は水曜日。
二十二時にアリスの温室へ行くことがあの日以来の日課となっていた。

どれだけ考えないようにしても、そこだけは譲れなかった。
彼女が待つ場所へ、足が向かってしまう。