魔法使い時々王子

宴がようやく終わった頃には、大広間の熱気も薄れ、
煌びやかな喧騒が嘘のように静けさが広がっていた。

バルコニーの外は、涼しい夜風。アリスはその端に腰かけ、靴をそっと脱いで揺れる足をぶらりとさせながら、満月をぼんやり眺めていた。

ドレスの裾が風に揺れる。

シドが静かに近づくと、気配だけで気づいたのか、アリスが振り返って微笑んだ。

「……見て。月が綺麗よ」

シドは隣に腰を下ろす。
アリスの横顔は、昼間よりもずっと弱く、幼く見えた。

アリスは夜空を見たまま、ぽつりと言った。

「王族に生まれたからには……政略結婚は避けられないのよね。わかってるつもりだったのに……今日みたいに、急に“現実”になると、胸が苦しくなるの。」

月光に照らされたその横顔が、少しだけ震える。

「だからね……」
アリスはそっと手を胸に当てた。

「もし、生まれ変わったら……好きな人と結婚したいの。自分で選んだ人と」

シドは言葉を探したが、何も出てこなかった。

代わりに、ゆっくりと頷く。

その優しい沈黙に、アリスは目を細めた。

「ねぇ、シド」

少し間があり、アリスは小さな声で聞いた。

「……私が嫁いだら、寂しい?」

シドの心臓が大きく跳ねた。

不意をつかれたように息を飲むが、
やがてゆっくり――静かに、縦に頷いた。

アリスはほっとしたように微笑むと、
そっとシドの肩にもたれ、額を軽く寄せた。

「ふふ……嬉しいわ。そう思ってくれるのね、シド」

甘えるようでも、泣き出しそうでもある声音。

シドは戸惑いながらも、そっとアリスの背中に手を添えた。

肩越しに見える月が滲む。

静かな夜気の中、声を出すと何かが壊れそうで、
シドは迷った末に口を開いた。

「……アリス」

「ん?」

「……話さなきゃいけないことがある」

アリスはシドから顔を離し、
そっと見上げた。

揺れる瞳。
シドは、その視線を受け止めたまま、
胸の奥で長く押し込めてきた“言葉”を静かにまとめようとしていた。