魔法使い時々王子

舞踏会当日の夕刻。
王宮全体が華やかな空気に包まれ、廊下には香り立つ花々と真新しい絨毯が敷かれていた。
侍女たちが慌ただしく歩き回り、近衛兵たちは普段より硬い表情で持ち場につく。

シドは客間の鏡の前で、慣れない礼装に袖を通していた。
深い紺色のロングコートに銀の装飾。
ロザリアが「魔導補佐官として恥ずかしくないように」と用意してくれたものだ。

(……落ち着かない)

襟元を整えながら、自分でも何に緊張しているのか分かっていた。
アリスの婚姻が発表される場に、自分が護衛として立つ。
その事実が胸の奥に重く沈んでいる。

執務室から出ようとしたところで、ロザリアがちらりとシドを見て微笑んだ。

「よく似合っているわ、シド。少し大人びて見えるわね」

「……ありがとうございます」

「護衛として行動するときは魔導補佐官ではなく“アリス様の傍に立つ者”として振る舞いなさい。いいわね?」

「分かってます」

ロザリアは優しく頷き、小声で付け加えた。

「……あの子も、きっと心細いはずよ。あなたがそばにいてあげて」

その言葉に、シドの胸の奥がかすかに疼いた。
表情には出さず、ただ静かに頭を下げる。

大広間へ向かう廊下の途中で、近衛兵たちが振り返った。
見慣れない礼装のシドに、思わず視線を奪われる者も多い。

「魔導補佐官殿、今日は随分…」

「似合ってますよ、シド殿」

からかうような言葉に、シドは苦笑を返しつつも早足で歩いた。
そんな注目も、本質ではどうでもいい。

(……アリスの護衛に集中しないと)

大広間の前に立つと、扉はまだ閉ざされていた。
中からは音楽の調律、飾りを整える音、人のざわめき――
舞踏会が近づく気配がじわりとにじむ。

間もなく、アリスが姿を現すだろう。

その瞬間を思うだけで、シドの胸の奥は静かに熱を帯びていった。

自分の想いを悟られぬよう、深く息を吸う。

そして、アリスが来る方向へとゆっくり視線を向けた――。