魔法使い時々王子

アリスの婚姻が決まった日から数日後、

ロザリアの執務室。
夕刻の光が差し込み、机の上の書類を淡く照らしていた。

ロザリアは羽ペンを置き、深く息をついた。
「……シド。ちょっと話があるの」

シドは手元の資料から顔を上げる。
「なんでしょう、ロザリアさん」

ロザリアの表情はいつになく固かった。
彼女はしばらく言葉を選んでいたが、やがて静かに告げた。

「アリス王女の婚姻が決まったわ。
 相手はミロ王国の第一王子――セオ殿下よ」

……時間が止まったようだった。

「……え?」
シドの手からペンが音を立てて転がる。

「舞踏会で正式発表される。
 王宮も今日から慌ただしくなるでしょうね」

ロザリアは淡々と説明するが、どこかシドを気遣う眼差しだった。

シドは呼吸の仕方さえ忘れる。
胸の奥がひどく痛む。
「……それはまた、急な話ですね。」

「ええ。でもアリス様の婚姻話は前から出ていた。もう覆らないわ」

シドは声を失っていた。
理解しようとするほど、胸が苦しくなる。

ロザリアはシドの顔を覗き込み、優しく言う。
「……無理に平静を装わなくていいのよ。あなたがどう思っているか、薄々気づいていたから」

シドは目を伏せ、震える息を吐いた。
「……俺は……ただの補佐官です。
 立場を弁えるべきなのに……」

それでも心はどうしようもなく乱れていた。

ロザリアはそっとシドの手元にカップを置く。
「気持ちに気づくのは悪いことじゃないわ。
 ただ……どうするかは、あなたが決めることよ」

シドは拳を握りしめた。
アリスの笑顔が頭の中に浮かぶ。
温室で見せたあの柔らかい笑み。
舞踏会で自分を護衛に指名した理由。
一緒に過ごしてきた時間――。

胸が張り裂けそうだった。

「……俺は……」

言葉の続きを言えないまま、シドは静かに目を閉じた。

この瞬間、シドははっきりと自覚した。
アリスが好きなのだと――。