ダリウスが旅に出る朝。
アリスの部屋には温かい香りの紅茶が満ちていた。
窓から差し込む光が彼の肩の旅装を照らし、
風に揺れる外套の端が、もうこの王宮には長く留まらないことを告げている。

ダリウスはカップを手にしながら、何気ない調子で言った。

「……次はアスタリトに行くよ」

その瞬間、アリスの指がカップの縁で止まった。
小さな音を立てることさえためらうように、動きが静止した。

胸の奥がざわつく。
言うべきか、言ってはいけないのか。
でも――ダリウスなら、とアリスは思った。

迷いを押しのけるように、そっと息を吸う。
「……あのね、ダリウス」

ダリウスはカップを置き、アリスを見る。
アリスは視線を落としながらも、はっきりと言葉を続けた。

「アスタリトは……シドの母国なの。 シドは、かつてはアスタリトの第二王子だったのよ」

その告白が空気を震わせる。
言い終えた途端、アリスの心臓が強く、速く鼓動し始めた。
自分の胸に手を当てたくなるほど。

ダリウスの表情がわずかに揺れた。
驚きと、納得と、少しの戸惑い。

そして、静かに言う。

「……知ってたのか」

「…知ってたって、あなたこそどうして…シドが話してきたの?」

アリスの問いにダリウスは首を振った。

「…昔、アスタリトで見た王子とあまりにも似ていたから、この間書庫でシドに聞いたんだ。」

ダリウスの言葉にアリスは小さくうなずいた。