魔法使い時々王子

ダリウスが王宮に滞在して数日――
宮中はまるで春の祭りでも始まったかのような浮ついた空気に包まれていた。

「ねぇ、聞いた? ダリウス様って、本当に気さくで……」
「さっき会ったとき、私にも挨拶してくださったのよ!」
「旅の話を少しだけ聞かせてくれたの。あれは惚れるって……」

廊下を歩けば、そんな声が飛び交う。
メイドだけではない。文官も、侍女も、厨房の者たちさえ、ダリウスの名を口にしていた。

ダリウスは誰にでも気軽に声をかけ、身分の差を感じさせない。
それがまた周囲の心を掴んでいた。
彼が近くを通るだけで、女性たちの頬は紅くなる。 
旅の話を一つすれば、廊下でその話題が広がり、
笑顔を向ければ、その日のうちに噂になる。

シドも、各部署に書類を届ける途中で、何度もその名前を耳にした。

(……すごい人気だな)

ふと書類棚の影から、侍女たちの弾んだ声が聞こえる。

「昨日、庭園でお見かけしたの……! あの笑顔、反則じゃない?」
「旅先で助けたっていう少女の話、聞きたかったなぁ……」

シドは苦笑して歩き出す。
ダリウスの人柄を知っている今、これほど噂される理由もよく分かる。

一方その頃、アリスは温室で花に水をやりながら、半ば呆れたように溜息をついていた。

「……まったく。少し帰ってきただけで、どうしてこうなるのかしら」

側にいたレイが困ったように笑う。
「ダリウス様は昔から人気がありますからね。特に女性には」

アリスは肩をすくめる。
 「ええ、分かってるわ。優しいのは本当だし。でも……あの人ももう少し自覚してほしいわね」

そう言いながらも、その声にはどこか楽しげな色が混じっていた。
従兄として誇らしくもあり、手がかかる相手でもある、そんな感情が滲んでいた。

シドが廊下を曲がった先でも、またダリウスの名が飛ぶ。

「ねぇ、次にどこへ向かうか聞いた?」
「―ルイ殿下とも親しいんでしょ。素敵だわぁ……」

(……アリス様も、この騒ぎを聞いているだろうな)

シドは少しだけ想像し、そっとため息をついた。