王室図書館の奥は、昼でも薄暗い。
高い天井に届くほどの書架が並び、紙とインクの匂いが静かに満ちていた。

シドは両腕に数冊の古い本を抱え、足音を忍ばせて歩いていた。
魔法大臣ロザリアから預かった文献を返却するためだった。

そのとき、閲覧席の奥に人影があった。
金糸のような髪を指でかき上げながら、一人の青年が書物を閉じる。
王家の紋章が織り込まれた外套。
彼が誰であるか、すぐにわかった。

「……ダリウス様」
シドが軽く頭を下げると、青年は口元をほころばせた。

「ふうん。きみが噂のロザリアの弟子さんだね?」
 声は柔らかいが、どこか人を測るような響きがあった。

「はい。魔導補佐官のシドと申します」

「そんな堅苦しい挨拶は、僕には不要だよ」
ダリウスは椅子の背にもたれ、楽しげに言う。
まるで長く退屈していたところへ、面白い玩具が現れたかのように。

シドは一瞬、返す言葉に迷った。
だがその瞳の奥にある静かな孤独を見て、なぜか胸の奥が少し痛んだ。

 ——この人も、かつて王宮に居場所を見失った人間なのかもしれない。

そう思った瞬間、シドの中に不思議な親近感が生まれていた。
立場も境遇も違うはずなのに、どこか似た孤独を抱えている。
それは“王族であること”が与える宿命のようにも思えた。