淡い香草の香りが漂う部屋に、静かな茶器の音が響いた。
窓辺の光に照らされて、ロザリアは湯気の立つ紅茶をゆっくりと注ぐ。

「——王女殿下の従兄弟、ダリウス様が帰国なさったそうです」
報告書を閉じながら、シドはちらりとロザリアに視線を向けた。

「聞いたわ。あの子が帰ってくるのは久しぶりね」
ロザリアは穏やかな声で微笑んだ。

「ダリウス様は……王族でいらっしゃるんですよね?」

「ええ。けれど、少し特別なの。」

「特別?」

ロザリアは茶杯を置き、少しだけ表情を曇らせた。
「ダリウス様はね、公務を果たさない代わりに——王家の一員としての立場を自ら放棄したの。」

シドは思わず息を呑んだ。
「放棄……? そんなことが許されるんですか」

「正式な手続きを経れば、ね。もっとも、珍しい例ではあるわ。
彼は自由を望んだの。血筋や名誉よりも、自分の生き方を選んだ。」

ロザリアの声は淡々としていたが、その瞳の奥にはどこか寂しげな光があった。
「王家からは、庇護も、義務も、もう与えられない。けれど、それでも彼は笑って旅立ったのよ。
“この国が窮屈で息が詰まる”って、そう言ってね。」

シドは静かに目を伏せた。
王族でありながら、その肩書を捨ててまで外の世界を歩く者。
 ——どこか、自分と似ている。
胸の奥に、鈍い共鳴が生まれていた。