北方の村々を脅かす魔物の報せが、王都に届いた。
夜ごと家畜が襲われ、人々が家を捨てて逃げ出す。近衛隊が討伐に向かったが、剣でも矢でも仕留めきれず、負傷者ばかりを出して戻ってきたという。

その日の午後。
書類の山に囲まれ、退屈そうにペンを走らせていたシドの前に、黒衣の男が影を落とした。

「魔導補佐官シド殿」

名を呼ぶ声は低く、鋭い。
顔を上げれば、そこに立っていたのは第二近衛部隊《ノクターン》を束ねる総隊長ルシアンだった。
鋭い眼差しと無駄のない所作は、戦場で数多の部下を導いてきた男の風格を物語っている。

「辺境に現れた魔物に、我々は手を焼いている。
通常の討伐では歯が立たない。――君の力を借りたい」

端的に、だが重みのある言葉だった。
シドは思わず手を止め、まじまじとルシアンを見上げる。

「俺に……魔物退治を?」

控えめに返したその声の裏で、胸の奥が微かに高鳴る。
魔物退治など、しばらく縁のなかったことだ。
机に積まれた退屈な書類よりも、よほど自分に合っているのは明らかだった。

「……わかりました。お役に立てるかどうかはわかりませんが」
シドは小さく息を吐きつつ、ゆっくりと立ち上がる。
だがその瞳には、隠しきれない静かな光が宿っていた。