魔法使い時々王子

「…どうしたの。今日はやけに優しいわね。」

アリスはシドの顔を伺うように少し笑いながら言った。

シドはそう言われてなんだか恥ずかしくなり顔を背けた。
自分の過去とまたアリスを照らし合わせてしまっていた。


「シドはどうしてここに?」

「俺はロザリア様に急ぎの書簡を届けにきた。」


シドが短く事情を話すと、アリスは少しだけ安堵したように肩の力を抜いた。
「……そうだったのね」

シドはそんなアリスを横目で見やり、ふっと口角を上げる。
「それで、また隠れてるのか。前も温室で同じようなことしてた」

図星を刺され、アリスは目を瞬かせてから、ほんのり頬を染めた。
「……覚えてたの?」

「忘れるかよ。あの時と似たような顔してた」
シドの言葉に、アリスは返す言葉を探すように視線を泳がせ、それから小さくため息をついた。

……ありがとう」
アリスはほんの少しだけ俯き、それでも素直にそう口にした。

シドは一瞬きょとんとした後、ふっと笑みを浮かべる。
「やけに素直だな。……雨でも降るか?」

軽口を残し、シドは踵を返して歩き去っていった。
アリスはその背中を見送りながら、胸の奥にほんのりと温かさを抱く。

そのやり取りを、会場の片隅からルイは静かに見ていた。
妹の微笑みを見て安堵を覚える一方で、視線の先にいる男の正体を思い出す。――かつてアスタリトの王子であったシド。
そしてつい先日、この国に届いた書簡のことが脳裏に浮かぶ。

妹が心を許しつつあるのが、ただの魔法使いではないと知っているがゆえに、ルイの胸には複雑な影が落ちた。
それでも今は何も言わない。兄として、王として。
ただ静かにその光景を見守るしかなかった。