エミリーと別れ、アリスはふっと息をついて庭へと歩み出た。
冬の空気は澄み切っていて、吐く息が白く広がる。頭上には曇天の切れ間から微かな陽の光が差し、雪の粒がちらちらと舞い落ちていた。

思考はどうしても、さきほどの会話に引き戻される。
――アスタリト。ジル国王。そして「弟」の存在。
エミリーの言葉が心に引っかかり、無意識に胸の奥がざわめいていた。

そのとき、庭の向こうからゆっくり歩いてくる姿が目に入る。
漆黒の外套に雪片を纏わせたシドだった。

「……アリス?」
気づいたシドが軽く眉を上げる。

「シド……。仕事、もう終わったの?」

「一区切りな。少し冷たい空気を吸いたくて出てきたんだ」

彼は普段通りの落ち着いた声でそう答えた。
それなのに、アリスは胸がちくりと痛む。
エミリーが口にした“弟”という言葉が脳裏をよぎる。
――この人のことなのかもしれない。だけど、聞く勇気はなかった。

「そう……」
短い返事しかできず、視線を雪に落とす。

「…どうかしたか?」

シドの問いかけにアリスはハッとした。

「…い、いえ。さっきまでねエミリーと話していたの。今日はエミリーに助けられたからお礼をね。それで、エミリーはアスタリト王国の出身だったのよ。」

シドはアリスの話を聞いて少し瞳が揺れた。
アリスはアスタリト王国の名を出してシドがどう反応するのか様子を伺った。

シドは隣に立って静かに庭を眺めた。

「…そうか。エミリーは優秀なんだな。確かにいつもテキパキ働いてるところを見かけるよ。」

そう答えるシドにアリスはそれ以上は何も言わなかった。
白い沈黙がふたりの間に落ちた。
その沈黙は冷たいようでいて、不思議と居心地が悪いわけでもなかった。

やがて、シドが小さく吐息をもらす。
「……寒い。そろそろ戻ろうか」

「あ、ええ」
アリスは頷き、彼と並んで歩き出した。

問いかけたい言葉を胸の奥にしまったまま。