魔法使い時々王子

人目のない小さな応接室。厚いカーテンが外光を遮り、灯されたランプの下で、シドは目の前の使者をまっすぐ見据えていた。

「……お断りします。」
 短く、しかし揺るぎのない声だった。

 使者の眉がわずかに動く。だが、シドは続けた言葉を飲み込み、ただ沈黙を保った。

――一週間前、この話が突然飛び込んできた時から、結論は決まっていた。



 一週間前。
 ロザリアの手から差し出された封筒は、見慣れた紋章を金箔で押していた。アスタリト王家の紋章――。
 封を切った瞬間、そこから立ち上るのは懐かしさではなく、重苦しい空気だった。

 文面は簡潔だった。
 国王ジルの名での帰国要請。そして、それに続く短い一文――「隣国との縁組について話し合いたい」。

 シドはしばらく黙って手紙を握りしめたまま、窓の外を見ていた。
 頭に浮かぶのは、アスタリトで過ごした日々よりも、この国での暮らし、そしてアリスの姿だった。

 ――帰るつもりはない。
 その答えは、読み終えた瞬間にはっきりと心の中に刻まれていた。


現在。
 使者は表情を崩さぬまま、わずかに頷いた。
「……承知しました。ですが、この件については再びお伺いすることになるでしょう。」
 そう言い残し、足音を静かに響かせて部屋を後にした。

 扉が閉じる音がやけに重く響き、静けさが戻る。
 シドは小さく息を吐き、机の上の封筒に視線を落とした。