アリスは、そっと回廊の柱の陰に背を預けた。冷たい石の感触が背中越しに伝わってくる。けれど、それ以上に胸の奥がひやりとしていた。

(シドが……王子。アスタリトの。)

自分でも驚くほど、すとんと腑に落ちていた。仕草や言葉の端々に感じていた気品や孤高さ、どこか現実離れした立ち居振る舞い――それらすべてに説明がついてしまう。

(でも、どうして言わなかったの?)

問いが胸に浮かび、すぐに自分で答えを出す。

(きっと、言えなかったんじゃない。言わないことを選んだんだ。)

王族としての立場を、自ら捨てるという決断。――それはどれほどの覚悟が要ることだったのだろうか。軽々しく語れるはずもない。

アリスは目を閉じて、深く息をついた。ざわついていた心が、少しずつ落ち着いていくのを感じる。

(……直接、聞いてみたい。)

今すぐにでも問いかけたかった。けれど、違う――まだその時じゃない。

彼が自ら語ろうとしないことを、自分の都合でこじ開けてはならない。そう直感的に思った。

(このことは、しばらく私の胸にしまっておこう。)

そっと踵を返す。自室に戻る足取りは、先ほどよりもしっかりしていた。

彼のすべてを、今すぐ知ることはできない。けれど、知りたいと願う気持ちは、嘘ではない。

そしていつか、自分の口からこの問いを投げかけられる日が来るまで――この小さな秘密は、自分の心の中だけに。