夜はオーベルジュのレストランで、すっかり顔なじみになったシェフとおしゃべりしながら、美味しい料理に舌鼓を打った。

部屋に戻ると、茉莉花はコーヒーを淹れる。

「どうぞ」
「ありがとう」

二人でソファに並んで座り、静かな時間に身を委ねた。

「とっても楽しかったです、今日。あのね、桜貝を拾ったら幸せになれるって言われてるんですって。ほんとにその通りになったなあ」

そう言ってふふっと微笑む茉莉花の横顔に、優樹は言葉もなく見とれる。
何とも言えない愛おしさが込み上げてきた。

「あの、さ」
「はい、なんでしょう」

にこっと見上げてくる茉莉花に胸を切なくさせながら、優樹は思い切って尋ねた。

「名前で呼んでも、いいか?」

え、と一瞬驚いた表情を浮かべたあと、茉莉花は照れたようにはにかむ。

「あ……、はい。私の名前って、ご存知ですか?」
「もちろん」

優樹は優しく名を呼んだ。

「茉莉花」

茉莉花の頬が真っ赤に染まる。
優樹は、うつむいたままの茉莉花の顔を覗き込んだ。

「あれ、返事はしてくれないのか?」
「だって、恥ずかしくて……」
「じゃあこうしよう」

優樹は茉莉花を胸に抱きしめる。

「顔は見ないから、声を聞かせて。茉莉花」
「……はい」
「可愛いな」

頭をなでて、おでこにチュッと口づけると、茉莉花はゴツッと優樹の胸に顔を押しつけてきた。

「いてっ」
「あ、ごめんなさい」

咄嗟に顔を上げた茉莉花の目は涙で潤み、頬はこれ以上ないほど赤くなっている。

「そんなに緊張する?」
「だって、慣れなくて。部長とこうして二人でいるのが、未だに不思議なの」
「部長って呼ばれると、なんかいけない関係みたいだな」
「えっと、じゃあ……、白瀬さん」

なんでだよ!?と、思わず優樹は真顔になった。

「俺の名前、知らない訳ないよな?」
「でも、どうしても恥ずかしくて。あの、優くん……じゃ、ダメ?」

ドクンと優樹の心臓が脈打つ。

「いい……。それがいい」
「ほんと? 優くんなら呼べそう」
「じゃあ、呼んでみて」
「えっと、優くん」

優樹はガラにもなく真っ赤になった。

「あれ? 優くんも赤くなってる」
「こら、上司をからかうな」
「だって、優くんが部長って呼ぶなって言ったのに」
「そうだけど」
「ふふっ、優くん」
「さては面白がってるな?」

ガバッと茉莉花に覆いかぶさろうとすると、茉莉花は笑って身をよじる。

「きゃー! 逃げろ」
「逃がすか」

優樹は両手で茉莉花をギュッと抱きしめる。

「つかまえた」

するとすぐ目の前に茉莉花の澄んだ瞳があって、優樹は思わず息を呑んだ。

「茉莉花……」

互いの吐息が触れ合う距離で、時が止まったかのように見つめ合う。
やがてゆっくりと唇を寄せた。

最初は軽く触れるだけ。
次はチュッとついばんで。

茉莉花が潤んだ瞳で見上げてきて、優樹の身体を一気に熱くさせる。

グッと茉莉花の頭を抱き寄せると、想いをぶつけるように口づけた。
何度も何度も、深く、熱く。

茉莉花の身体から徐々に力が抜け、優樹の腕に身を任せる。

「んっ……」

茉莉花の吐息混じりの声が優樹の理性を奪い、何も考えられなくなるほど茉莉花を求めた。

「茉莉花……」

互いの境界線も分からない。
身体が溶け合うのではないかと思うほど、二人は互いを強く抱きしめ合っていた。