「ソファに座っててくださいね。すぐにコーヒー淹れますから」
「ああ、ゆっくりでいいから」

茉莉花の部屋は、ナチュラルウッドの家具に、カーテンやラグなどのファブリックはクリーム色でまとめられていた。

ソファに座ると、ローテーブルにガラスの小さなトレーがあり、そこに由比ヶ浜で拾った桜貝が飾ってあった。

優樹は顔を上げて、キッチンでコーヒーを淹れている茉莉花の後ろ姿を見つめる。

(つき合い始めたものの、彼女はまだ小澤への気持ちが完全になくなった訳ではないはず。何年も片思いをしてきたんだ。すぐに諦められるなら、とっくに諦めていただろう)

だからしばらくは、そっとそばで見守るつもりだった。

(今は俺を好きでなくてもいい。少しでも気が紛れるなら、それだけで)

そう思い、茉莉花に好きだと言ったり、キスを迫るようなことはしていない。
恋を始めようという言葉に、頷いてくれただけで嬉しかった。

そして今、こうして部屋にも上げてくれた。
ひとり暮らしの夜が寂しいからだろうか?
たとえそれが理由でも構わない。
その為に自分はそばにいるのだ。

(彼女の気持ちに寄り添いながら、少しずつ触れ合っていこう)

本当は抱きしめて離したくない。
だが己のそんな気持ちは封じ込めた。

(何よりも、彼女の気持ちを大切にしよう)

優樹はそう心に決めていた。