(よく考えたら恥ずかしい。だけど私だって、好きでこんなこと始めた訳じゃないんだもん)

メモ帳を探しつつ、茉莉花はため息をつく。

「茉莉花、もしかして小澤課長のこと好きなの?」

きっかけは、沙和のそのひと言だった。

「そ、そんなことないよ」

言い当てられて、茉莉花は焦る。

「ほんとにー? だって課長に話しかけられたら、茉莉花の顔赤くなるんだもん」
「それは、単に上がり症なだけだよ。緊張すると顔が火照っちゃうの」
「それって、課長を好きな証拠じゃない?」
「違うってば。だって私、他に好きな人いるし」
「えっ、そうだったんだ! どんな人? 私も知ってる?」
「う、ううん。沙和ちゃんの知らない人」

最初はそんな小さな嘘だった。
だが一度ついてしまった嘘は、新たな嘘で固めなければいけなくなる。

どこで知り合ったの?
つき合ってるの?
なんて名前?
どんな人?

質問に答えているうちに、引くに引けなくなってしまった。

答えた内容に矛盾が生じないように。
どんな質問にも、怪しまれずスラスラ答えられるように。
茉莉花は想像を膨らませ、思いつくたびにメモ帳に書き綴るようになった。

(でももういい加減にしなさいって、神様の思し召しなのかも。これをきっかけに、沙和ちゃんには本当のことを打ち明けて謝ろう)

肩を落としながら、トボトボとオフィスへ引き返す。

(嘘をついてたことは謝るけど、課長を好きなことは内緒にしててもいいかな? でもバレちゃうだろうな。私、課長に声かけられただけでドキドキしちゃうから)

それをごまかす為に、優くんという彼氏がいることにしたのだ。
なぜ嘘をついていたのかと聞かれたら、課長への恋心も認めざるを得ないだろう。

(仕方ないか、これ以上嘘をつくのはいけないもんね。それにしても、あのメモ帳。どうか誰にも見つかりませんように)

沙和に優くんの話をしているうちに周りの皆にも知られるようになってしまい、茉莉花には優くんという彼氏がいる、と噂は広まっていった。

もしあのメモ帳が誰かに見られたら、きっと茉莉花の物だと気づかれるだろう。

(うー、恥ずかしい! 最近は妙なテンションで、少女漫画みたいな会話も書いてたもんね。ラブラブなシチュエーションとか、キュンとくるセリフなんかも)

想像しただけで顔が赤くなる。
オフィスのドアの前まで来ると、茉莉花は両手で頬を押さえ、深呼吸してから中に入った。