「部長、今シャンパン開けますね」

ソファに座り、茉莉花はグラスを並べてシャンパンを手にする。

「私が開けよう」

優樹は茉莉花の手からボトルを受け取ると、慣れた手つきで静かにスムーズに開けた。
2つのグラスに注ぐと、片方を茉莉花に差し出す。

「それでは、乾杯」

二人で乾杯すると、ゆっくりとグラスを口にした。

「美味しいですね」
「ああ。いくらでも飲めそうだ」
「ふふっ、気兼ねなくどうぞ。それから……」

茉莉花はグラスをテーブルに置くと、優樹に笑いかける。

「部長、お酒を召し上がったから車の運転は出来ませんよね。今夜は部長がここに泊まってくださいね」

勝ち誇ったように得意げな顔でそう言う茉莉花に、今度は優樹がクスッと笑った。

「君の服、明日の朝にならないと戻ってこないけど?」
「え……、あっ!」

茉莉花は思わず口元に手をやって、どうしようとばかりに困った表情を浮かべる。

(上司である部長に受け取りを頼むのは失礼だし……)

そう思っていると、優樹がきっぱり言う。

「君がここに泊まりなさい。私は電車で帰るから」
「そんなことしたら、車はどうなるんですか?」
「明日は土曜日だ。改めて取りに来るよ」
「まさか、そんな!」

茉莉花はブンブンと首を振る。
少しためらってから、思い切って切り出した。

「あの、部長さえよろしければ、一緒に泊まっていただけませんか?」
「いや、でも……。部下と同室という訳にはいかない」
「お部屋は別ですよ。だってほら、寝室は1階と2階に分かれてますし。それに黙っていれば、誰にもバレないと思います」

真面目な口調の茉莉花に、優樹は一瞬ポカンとしてから吹き出す。

「ははっ! 君の口からそんなセリフを聞くとはね」
「え? 何か変でしたか?」
「ああ。バレない、なんて。清水さんでもそんなこと言うんだな」
「言いますよ。部長、私にどんなイメージをお持ちなんですか? 私、仕事中にこっそりデスクでお菓子つまんだりしてますよ。キョロキョロしてから、クッキーをパクッ、モグモグって」
「そうなんだ。ははっ! 可愛いな」

茉莉花は一気に顔を赤らめる。

「すみません、子どもっぽくて。部長は大人の男性って感じで、みんなの憧れの存在ですものね」

えっ、と今度は優樹がたじろいだ。

「私はそんなことは……。カタブツなやつだとしか言われたことないな」
「いいえ。背もすらっと高いですし、かっこいいって女子の間で言われてますよ」
「いや、そんなの誰からも言われたことない」
「んー、確かにみんな、部長とは仕事以外のお話はしないですね。だけど私、部長とバディを組ませていただいてから、すごく親近感が湧いてきて……って、言葉が失礼ですね。えっと、なんて言えばいいのかな? 仲良くなれた気がします。あ、これも違う。うーん、苦手意識がなくなりました。あ! 違います、そうじゃなくて」

言えば言うほど焦る茉莉花に、優樹は苦笑いを浮かべる。

「いいよ、自覚はあるから。女性を楽しませる会話は出来ないし、恋愛したいとも思わない」
「そうなんですか? どうして?」
「そういう性格だからかな、色々諦めた。結婚願望はあるけど、つき合ってもしばらくすると愛想を尽かされる。ま、当然か」

自嘲気味に笑って、優樹はグラスをグイッと飲み干す。
茉莉花は少し考えてから顔を上げた。