笑顔のオーナーと別れて、茉莉花は優樹と共に歩き出す。
だが、あっという間に人の波に呑まれた。
「清水さん、こっちを歩いて」
優樹が茉莉花の肩に手を置いて、自分の立ち位置と入れ替わる。
右側が道路の端になり、誰ともぶつからずに済んで茉莉花はホッとした。
だが、後ろからグイグイと人の波が押し寄せ、優樹との間に割り込まれる。
「清水さん、こっち」
またしても優樹が声をかけてきて、肩をグッと抱き寄せられた。
「ごめん、ちょっと我慢して。観覧席まで送るから」
「あ、はい」
送るとは?と疑問に思いながらも、肩を抱かれていることにドキドキして、それどころではない。
やがてロープで区切られた、係員が交通整理している広いエリアに出た。
「こちらは観覧席でございます。チケットをお持ちの方のみご案内しております」
茉莉花は、スピーカーで案内している係員にチケットを見せる。
「2名様ですね、どうぞお入りください。座席番号をご確認の上、お席にお座りください」
「はい」
人混みから開放されて、茉莉花は、ふうと息をつく。
チケットの番号を確認した優樹が、席を探した。
「ここだな。どうぞ」
「はい、ありがとうございます」
浴衣の帯を気にしながら、茉莉花はそっと腰を下ろす。
前から3列目で、花火もよく見えそうだった。
(本当に特等席ね。部長のおかげ……って、ん?)
隣に座らず立ったまま何かを考えている優樹に、茉莉花は首をひねる。
「部長? どうかされましたか?」
「いや……。私は帰ろうかと思ったんだが、君一人では危なそうなのが気になって」
「部長、お帰りになるんですか? 何かご予定でも?」
「そういう訳ではないんだが……」
言い淀む優樹に、茉莉花はますます首をかしげた。
その時、係員から「開演までお座りになってお待ちください」と案内があり、優樹はおもむろに茉莉花の隣に座った。
「部長、大丈夫なのですか?」
「私は大丈夫だが、君は?」
「え? 私はもちろん大丈夫です」
「そうか、それならそうさせてもらおうかな」
「はい」
って、ん? 何かおかしい?と茉莉花は心の中で独りごつ。
(大丈夫って、予定のことじゃなくて? 自分と一緒でも大丈夫かって意味? 硬派の部長なら、そういう考え方なのかも。いやいや、チケットを取ってくれたのは部長なんだから、遠慮するなら私の方でしょう)
そう思い、茉莉花は優樹を見上げる。
「部長、私と二人で花火を見るのは差し支えないですか? おつき合いされている方が、お気を悪くされたりとか」
「そんなことはない。言っただろう? つき合っている人はいないと」
あれ、聞いたっけ?と思っていると、今度は優樹が尋ねてきた。
「君こそ、私と一緒で構わないのか?」
「もちろんです。でも、部長にチケットを買っていただいたのが心苦しくて。よろしければ、このあとのディナーをごちそうさせてください。2名で予約入れてありますから」
「ディナーには乾さん、間に合うんじゃないか? 二人で行ってきなさい」
「いえ、わざわざその為に鎌倉まで来てもらうのは気が引けます。今日は金曜日ですし、プライベートの約束もあるでしょうから」
沙和は、先週の結婚パーティーで仲良くなった男性社員とつき合うことになったと言っていた。
初めての週末を二人で過ごすに違いない。
もしかしたら花火大会に行けなくなったことで、彼と食事に行こうと既に考えているかもしれなかった。
「部長が夕食におつき合いくださると助かります。予約をキャンセルする訳にもいきませんし、私一人で二人分食べる自信もないので」
すると意外にも、優樹はおかしそうに笑い出す。
「君一人で二人分? そんな細い身体では無理だろう。涙目で困り果てている姿が思い浮かぶ」
「でしたら、ご一緒してもらえませんか? 美味しく一人分食べたいので」
「分かった。ごちそうになるよ」
目元に笑いを残したままの優樹に見つめられ、茉莉花も微笑んで頷いた。
だが、あっという間に人の波に呑まれた。
「清水さん、こっちを歩いて」
優樹が茉莉花の肩に手を置いて、自分の立ち位置と入れ替わる。
右側が道路の端になり、誰ともぶつからずに済んで茉莉花はホッとした。
だが、後ろからグイグイと人の波が押し寄せ、優樹との間に割り込まれる。
「清水さん、こっち」
またしても優樹が声をかけてきて、肩をグッと抱き寄せられた。
「ごめん、ちょっと我慢して。観覧席まで送るから」
「あ、はい」
送るとは?と疑問に思いながらも、肩を抱かれていることにドキドキして、それどころではない。
やがてロープで区切られた、係員が交通整理している広いエリアに出た。
「こちらは観覧席でございます。チケットをお持ちの方のみご案内しております」
茉莉花は、スピーカーで案内している係員にチケットを見せる。
「2名様ですね、どうぞお入りください。座席番号をご確認の上、お席にお座りください」
「はい」
人混みから開放されて、茉莉花は、ふうと息をつく。
チケットの番号を確認した優樹が、席を探した。
「ここだな。どうぞ」
「はい、ありがとうございます」
浴衣の帯を気にしながら、茉莉花はそっと腰を下ろす。
前から3列目で、花火もよく見えそうだった。
(本当に特等席ね。部長のおかげ……って、ん?)
隣に座らず立ったまま何かを考えている優樹に、茉莉花は首をひねる。
「部長? どうかされましたか?」
「いや……。私は帰ろうかと思ったんだが、君一人では危なそうなのが気になって」
「部長、お帰りになるんですか? 何かご予定でも?」
「そういう訳ではないんだが……」
言い淀む優樹に、茉莉花はますます首をかしげた。
その時、係員から「開演までお座りになってお待ちください」と案内があり、優樹はおもむろに茉莉花の隣に座った。
「部長、大丈夫なのですか?」
「私は大丈夫だが、君は?」
「え? 私はもちろん大丈夫です」
「そうか、それならそうさせてもらおうかな」
「はい」
って、ん? 何かおかしい?と茉莉花は心の中で独りごつ。
(大丈夫って、予定のことじゃなくて? 自分と一緒でも大丈夫かって意味? 硬派の部長なら、そういう考え方なのかも。いやいや、チケットを取ってくれたのは部長なんだから、遠慮するなら私の方でしょう)
そう思い、茉莉花は優樹を見上げる。
「部長、私と二人で花火を見るのは差し支えないですか? おつき合いされている方が、お気を悪くされたりとか」
「そんなことはない。言っただろう? つき合っている人はいないと」
あれ、聞いたっけ?と思っていると、今度は優樹が尋ねてきた。
「君こそ、私と一緒で構わないのか?」
「もちろんです。でも、部長にチケットを買っていただいたのが心苦しくて。よろしければ、このあとのディナーをごちそうさせてください。2名で予約入れてありますから」
「ディナーには乾さん、間に合うんじゃないか? 二人で行ってきなさい」
「いえ、わざわざその為に鎌倉まで来てもらうのは気が引けます。今日は金曜日ですし、プライベートの約束もあるでしょうから」
沙和は、先週の結婚パーティーで仲良くなった男性社員とつき合うことになったと言っていた。
初めての週末を二人で過ごすに違いない。
もしかしたら花火大会に行けなくなったことで、彼と食事に行こうと既に考えているかもしれなかった。
「部長が夕食におつき合いくださると助かります。予約をキャンセルする訳にもいきませんし、私一人で二人分食べる自信もないので」
すると意外にも、優樹はおかしそうに笑い出す。
「君一人で二人分? そんな細い身体では無理だろう。涙目で困り果てている姿が思い浮かぶ」
「でしたら、ご一緒してもらえませんか? 美味しく一人分食べたいので」
「分かった。ごちそうになるよ」
目元に笑いを残したままの優樹に見つめられ、茉莉花も微笑んで頷いた。



