「清水さん、そろそろ行こうか」

待ちに待った金曜日。
15時になると優樹が声をかけてきた。

「今日も車で行こう」
「はい、よろしくお願いします」

荷物を手に立ち上がると、茉莉花は沙和を振り返る。

「じゃあ沙和ちゃん、カフェで待ってるね」
「うん。定時になったら向かうね」

小澤にも挨拶してからオフィスをあとにした。

優樹の車で、鎌倉へと走る。

「浴衣の着付けサービスの予約も2日間で満席になったし、カフェの注目度も上がってますね」
「そうだな。オーナーは、毎年花火大会の日は、そこまでカフェは忙しくないと言っていたけど、今年は混むんじゃないかな? 着付けもあるし、様子を見守りたい」
「そうですね。着付けサービスの様子もSNSに載せたいです」
「ああ。きっと来年もやってほしいって要望が来るかも。恒例になるといいな」
「はい」

そんなことを話しながら、そろそろ高速道路を降りるという頃、茉莉花の社用スマートフォンが鳴った。
番号を見ると、会社からの外線だった。

「すみません、部長。失礼します」
「どうぞ」

優樹に断ってから電話に出る。

「はい、清水です」
『あ、茉莉花?』
「沙和ちゃん? どうかした?」
『うん、ごめん。実は急にクライアントから呼び出されて、これから訪問することになったの。花火大会に間に合いそうになくて……』
「そうなのね、分かった。こちらのことは気にしないで。がんばってね」
『ありがとう! 茉莉花もね。花火、楽しんできて』

急いでいるらしく、沙和はそそくさと通話を終える。

「乾さん、どうかしたのか?」

前を向いて運転しながら優樹が尋ねた。

「はい。急なクライアントからの呼び出しで、こちらに来られなくなってしまいました」
「そうか、残念だな。代わってやれたらよかったんだが」
「また別の花火大会に誘ってみます」
「ああ」

そこでふと、茉莉花は思い出す。

(どうしよう、観覧席のチケット……。せっかく二人分取ってくださったのに。ここはやっぱり、部長をお誘いするのが筋よね。あ、だけどそのあとのディナーもあるのか)

ちらりと視線を向けると、優樹も何やら考え込んでいて、妙な沈黙が広がる。

結局二人とも沈黙したまま、鎌倉に到着した。