迎えた当日。
茉莉花は午後から自宅のマンションで支度を始めた。
この日の為に選んだのは、夏らしいミントグリーンの軽い素材のワンピース。
シフォン生地の袖が花びらのように重なり、スカートはふわっと広がるフェミニンな雰囲気のものだった。
普段の茉莉花のイメージとは違うが、26歳の今着ておかないともう着られないだろうと思って選んだ。
(それに、今日から気持ちを切り替える為に)
22歳からの片思いに、今日こそ終止符を打つ。
自分の為にも、このパーティーは節目となるものだった。
パーティーバッグにリップとパウダー、ハンカチと財布とスマートフォンを入れ、ヒールの高いパンプスを履いて玄関を出る。
ふと、鍵につけているセイウチのキーホルダーが目につき、ふふっと笑ってから軽やかな足取りで歩き出した。
「清水さん」
パーティーの開始時間よりも1時間早く会場に着くと、スーツ姿の優樹が近づいて来た。
「お疲れ様。悪いね、こんなに早くに来てもらって」
「お疲れ様です、部長。いいえ、私が勝手に約束の時間よりだいぶ早く着いてしまいました」
「助かるよ。小澤たちは控え室で着替えているから、俺が代わりに説明する。座ってて、今飲み物を持って来る」
「はい」
レストランの入り口に真っ白なクロスとお花が飾られたテーブルがあり、茉莉花はそっと椅子を引いて座った。
店内はその位置からは見渡せない。
(よかった、受付を引き受けて。同期の先輩たちが、パーティーに参加出来ないところだったわ)
広いテラスが奥に見える一面ガラス張りのレストランは、高い天井に小さなライトがいくつも瞬き、シックでおしゃれな雰囲気だった。
(こんなお店があったんだ。素敵)
うっとりと見渡していると、細いグラスにシュワシュワと泡が弾けるドリンクを手に、優樹が戻って来た。
「はい、ジンジャーエールでいいかな? なんとなく清水さんのイメージで」
思わず茉莉花は吹き出してしまう。
「私、ジンジャーエールのイメージですか?」
「あ、ごめん。深く考えてなかった。別のものがいいか? ワインやシャンパンはパーティーが始まってから開けるそうなんだが、もしよかったら今頼んでくる」
「いえ、ジンジャーエールをいただきます」
茉莉花は笑いを堪えて、ストローでひと口飲んだ。
「美味しいです。スパイシーで、ちょっと辛口で」
「ああ、ゴールデンタイプなんだろう。俺ももらおうかな」
そう言って店内に引き返そうとする優樹に、どうぞと茉莉花はグラスを差し出す。
「えっ!」
「え?」
キョトンとしてから、茉莉花は一気に頬を赤らめた。
「すみません! 少し味見したいって意味かと思って……」
「ああ、いや。すまん。紛らわしい言い方だったな」
「いえ、私の方が変な勘違いをしてしまいました」
恥ずかしさに身を縮こめていると、ちょっと待っててと言い残し、優樹はその場を離れる。
(あー、もう私ったら。あれじゃあ、間接キスになっちゃう。部長がそんなことする訳ないじゃない。なんであんなことしたんだろう? いつも仕事で一緒にいるせいか、部長との距離感が近過ぎるのかもしれない)
いけない、と気を引き締めていると、グラスと紙袋を手に優樹が戻って来た。
「お待たせ。受付の説明をしてもいいか?」
「はい、よろしくお願いします」
茉莉花が姿勢を正して頷くと、優樹は隣の椅子を引いて腰掛ける。
「まずこれが芳名帳で筆記用具はここ。会費を受け取ったら、この名簿にチェックを入れてほしい。念の為、おつりと電卓も用意してある。遅刻する予定の人は、名簿のこの印の人たち。15分ほど遅れてくるそうだ」
「はい、かしこまりました」
「何か質問はある?」
「いえ、何も。それにしてもすごい参加人数ですね。80人も?」
「ああ、そうなんだ。小澤と小林の人徳だな。でもその分、受付が大変だ。俺も手伝うから」
「大丈夫です。あとで乾さんが一緒にやってくれることになっていますので」
「そうか、よろしく頼む」
そこでようやくグラスに口をつけた優樹は、おっ、と目を見開く。
「うまいな、このジンジャーエール」
「ですよね。私もすっかりお気に入りです」
二人で味わっていると、スタッフが優樹を呼びに来た。
「白瀬様、ちょっとよろしいでしょうか」
「はい、今行きます」
立ち上がると、優樹は茉莉花を振り返る。
「すまん、色々打ち合わせが残ってて。何かあったらいつでも電話で呼び出してくれ」
「分かりました」
「そう言えば、プライベートの連絡先教えてなかったな」
そう言うと、テーブルに置いてあったメモ用紙にサラサラとペンを走らせた。
「じゃあ、またあとで」
「はい」
キリッとした表情で優樹が去ると、茉莉花はメモ用紙を1枚ピッと剥がした。
走り書きながら綺麗な字で、メッセージアプリのアカウントと携帯番号が書いてある。
茉莉花はバッグからスマートフォンを取り出すと、早速メモを片手に連絡先を登録した。
茉莉花は午後から自宅のマンションで支度を始めた。
この日の為に選んだのは、夏らしいミントグリーンの軽い素材のワンピース。
シフォン生地の袖が花びらのように重なり、スカートはふわっと広がるフェミニンな雰囲気のものだった。
普段の茉莉花のイメージとは違うが、26歳の今着ておかないともう着られないだろうと思って選んだ。
(それに、今日から気持ちを切り替える為に)
22歳からの片思いに、今日こそ終止符を打つ。
自分の為にも、このパーティーは節目となるものだった。
パーティーバッグにリップとパウダー、ハンカチと財布とスマートフォンを入れ、ヒールの高いパンプスを履いて玄関を出る。
ふと、鍵につけているセイウチのキーホルダーが目につき、ふふっと笑ってから軽やかな足取りで歩き出した。
「清水さん」
パーティーの開始時間よりも1時間早く会場に着くと、スーツ姿の優樹が近づいて来た。
「お疲れ様。悪いね、こんなに早くに来てもらって」
「お疲れ様です、部長。いいえ、私が勝手に約束の時間よりだいぶ早く着いてしまいました」
「助かるよ。小澤たちは控え室で着替えているから、俺が代わりに説明する。座ってて、今飲み物を持って来る」
「はい」
レストランの入り口に真っ白なクロスとお花が飾られたテーブルがあり、茉莉花はそっと椅子を引いて座った。
店内はその位置からは見渡せない。
(よかった、受付を引き受けて。同期の先輩たちが、パーティーに参加出来ないところだったわ)
広いテラスが奥に見える一面ガラス張りのレストランは、高い天井に小さなライトがいくつも瞬き、シックでおしゃれな雰囲気だった。
(こんなお店があったんだ。素敵)
うっとりと見渡していると、細いグラスにシュワシュワと泡が弾けるドリンクを手に、優樹が戻って来た。
「はい、ジンジャーエールでいいかな? なんとなく清水さんのイメージで」
思わず茉莉花は吹き出してしまう。
「私、ジンジャーエールのイメージですか?」
「あ、ごめん。深く考えてなかった。別のものがいいか? ワインやシャンパンはパーティーが始まってから開けるそうなんだが、もしよかったら今頼んでくる」
「いえ、ジンジャーエールをいただきます」
茉莉花は笑いを堪えて、ストローでひと口飲んだ。
「美味しいです。スパイシーで、ちょっと辛口で」
「ああ、ゴールデンタイプなんだろう。俺ももらおうかな」
そう言って店内に引き返そうとする優樹に、どうぞと茉莉花はグラスを差し出す。
「えっ!」
「え?」
キョトンとしてから、茉莉花は一気に頬を赤らめた。
「すみません! 少し味見したいって意味かと思って……」
「ああ、いや。すまん。紛らわしい言い方だったな」
「いえ、私の方が変な勘違いをしてしまいました」
恥ずかしさに身を縮こめていると、ちょっと待っててと言い残し、優樹はその場を離れる。
(あー、もう私ったら。あれじゃあ、間接キスになっちゃう。部長がそんなことする訳ないじゃない。なんであんなことしたんだろう? いつも仕事で一緒にいるせいか、部長との距離感が近過ぎるのかもしれない)
いけない、と気を引き締めていると、グラスと紙袋を手に優樹が戻って来た。
「お待たせ。受付の説明をしてもいいか?」
「はい、よろしくお願いします」
茉莉花が姿勢を正して頷くと、優樹は隣の椅子を引いて腰掛ける。
「まずこれが芳名帳で筆記用具はここ。会費を受け取ったら、この名簿にチェックを入れてほしい。念の為、おつりと電卓も用意してある。遅刻する予定の人は、名簿のこの印の人たち。15分ほど遅れてくるそうだ」
「はい、かしこまりました」
「何か質問はある?」
「いえ、何も。それにしてもすごい参加人数ですね。80人も?」
「ああ、そうなんだ。小澤と小林の人徳だな。でもその分、受付が大変だ。俺も手伝うから」
「大丈夫です。あとで乾さんが一緒にやってくれることになっていますので」
「そうか、よろしく頼む」
そこでようやくグラスに口をつけた優樹は、おっ、と目を見開く。
「うまいな、このジンジャーエール」
「ですよね。私もすっかりお気に入りです」
二人で味わっていると、スタッフが優樹を呼びに来た。
「白瀬様、ちょっとよろしいでしょうか」
「はい、今行きます」
立ち上がると、優樹は茉莉花を振り返る。
「すまん、色々打ち合わせが残ってて。何かあったらいつでも電話で呼び出してくれ」
「分かりました」
「そう言えば、プライベートの連絡先教えてなかったな」
そう言うと、テーブルに置いてあったメモ用紙にサラサラとペンを走らせた。
「じゃあ、またあとで」
「はい」
キリッとした表情で優樹が去ると、茉莉花はメモ用紙を1枚ピッと剥がした。
走り書きながら綺麗な字で、メッセージアプリのアカウントと携帯番号が書いてある。
茉莉花はバッグからスマートフォンを取り出すと、早速メモを片手に連絡先を登録した。



