「のっけからイルカのジャンプか。 圧巻だな」
「ふふ、掴みはバッチリですか?」
「ああ、いい流れだ。お、次はセイウチが客席の前に来るんだ。いいな」

ステージの脇のスロープをスルスルと身体で滑り、セイウチが客席の前の通路にやって来る。

「わっ、おっきい!」

思わず茉莉花が声に出すと、ふいにマイクでのんびりとした声がした。

『ちょっとー、女の子におっきいって言わないでよー』
「えっ? ごめんなさい!」

咄嗟に謝ると、『まあ、いいけどー。確かに三段腹だしー』と返される。
どうやらセイウチに魚をあげるトレーナーが、ヘッドセットマイクでセイウチの声を演じているらしかった。

『でもモデルポーズも出来るのよー。ほら』

トレーナーが合図すると、セイウチは片方の前足を頭の横に持って来て、ヒュッとお腹を引っ込めた。

「え、すごい! ウエストが一気に細くなった!」
『でしょー? なかなかのくびれよね』
「うん、すごいね! スタイルいい!」
『ありがとー。 っていうか、あなたぐいぐい絡んでくるわね」
「あ、ごめんなさい!」

茉莉花とセイウチのやり取りに、客席からドッと笑いが起こる。

『じゃあさ、隣の彼。名前は?』
「え、白瀬ですが」
『うわー、真面目か? あのね、名字じゃなくて、な・ま・え』
「あ、優樹です」

茉莉花はハッとする。

(そうか! 白瀬部長、優樹ってお名前だったんだ。それって、つまり……)

すると、マイクでズバリと言われた。

『ゆうくんね。私はモモ。よろしく、ゆうくん♡』

またしてもトレーナーの合図で、セイウチはブチュッと優樹に向かって投げキッスをした。
えっ、と優樹は思わず仰け反る。

『やだー! 私のラブラブパワーにやられちゃった? もう、ゆうくんったらー。私と彼女とどっちが大事なの?』
「いや、それは……」
『ちょっと、本気で悩まないでよー。こんなところであなたたちの仲がこじれたら、2千人の観客が戸惑っちゃうじゃない』

あはは!と客席は盛り上がる。

『じゃあさ、三角関係の記念に写真を撮るわよ。ほら、彼女と手を繋いで前に来て』
「ええ!?」
『何をためらってるのよー。それでも男なの? ゆうくん』

優樹は茉莉花に手を差し伸べて一緒に通路に下り、セイウチの隣に立った。

『はーい、二人仲良く並んでね。ちょっと屈んでくれる? そうそう。じゃあ撮るわよ。はい、チーズ!』

その瞬間、セイウチが優樹の頬にキスをする。

「なっ……!」

顔を赤くして手で頬を押さえる優樹に、客席から一層楽しそうな笑い声が上がった。

『やだー! 恋の修羅場よ。どうしよう、私って罪なセ・イ・ウ・チ』

ごめんね、彼女。許してーと見送られて、茉莉花と優樹は席に戻った。

そのあともショーは続き、ラストはイルカたちの息の合ったジャンプでフィナーレとなる。

「はあ、楽しかった!」

茉莉花が満面の笑みで立ち上がると、スタッフに「お客様」と呼び止められた。

「はい」
「先ほどはショーを盛り上げてくださって、ありがとうございました。記念にこちらをお持ち帰りください」

差し出されたのは、セイウチと並んで撮った二人の写真。
笑顔の茉莉花の横で、セイウチにキスをされて驚いている優樹の表情がバッチリ捉えられていた。

「おおー、よく撮れてますね。面白かったです、お二人とセイウチのやり取り」
「ほんと、楽しませてもらいました」

すぐ近くのカップルに声をかけられ、茉莉花と優樹は恥ずかしさに「どうも」と頭を下げた。