「えっ! 私が白瀬部長のバディに、ですか?」

小澤に切り出され、茉莉花は驚いて聞き返す。
いつもは恥ずかしさに萎縮する小澤との会話だが、今はそれどころではなかった。

「そうだ。あまりに人手が足りなくて、部長にも担当してもらうことになった。清水が今抱えてる案件は、白瀬部長がサポートする。その代わりに、清水も部長のバディとしてついてくれ」
「いえ、あの。私なんかが部長のバディになっても、何のお役にも立ちませんが……」
「そうでもないらしいぞ。部長自らのご指名だ。清水をバディにしたい、ってな」

ええ!?と、茉莉花は更に驚く。
ちらりと隣の席の優樹に目を向けるが、素知らぬ雰囲気でパソコンを操作していた。

「あの、本当に訳が分からなくて。部長は私の名前を、誰かと勘違いされているのではないでしょうか?」

そう言うと小澤はキョトンとしてから笑い出す。

「ははっ! 清水、面白いこと言うな」
「でもそうとしか思えなくて。どなたか優秀な先輩のお名前を、清水と思い込まれているとか……」
「ははは! だってよ、優樹」

話を振られて、優樹はようやく顔を上げた。

「君が清水さんだろう?」
「はい、そうです」
「それなら間違いない」
「ですが、どうして私なんかに?」

優樹はデスクに両肘を置き、少し考えを巡らせてから口を開く。

「君は私にはない良さを持っている。説得力のある文章が書けるし、デザインやインテリアのセンスもいい。今度私が取り組む案件は、女性をターゲットにしたアプリの開発だ。システム的なことはこなせるが、私は女性の好みに疎い。君の力を借りたいと思っている。それから君が契約を取りつけた新規の案件は、最後まで君がメインで取り組んでほしい」
「私がメインで、ですか? それはアシスタントとしてではなく?」
「ああ、コンサルタントとしてだ」
「そ、そんな。私にはまだ無理です」
「なぜだ?」

真っ直ぐに見つめてくる優樹の視線に、茉莉花は言葉を忘れた。

「確かに研修を受ける前の君は、ノウハウを知らなかった。だが回を追うごとにどんどん成長するスピードは、目を見張るものがある。頭の回転が速く、少しでも多くのことを吸収しようとする前向きな姿勢と集中力は、誰よりも抜きんでていた。今の君なら、充分コンサルタントとしての役割を果たせる。その時が来たと、私が判断した」

穏やかに語りかけてくる言葉は、茉莉花の心に静かに響く。

(まただ。どうしてだろう? この人の声はなぜか頼もしくて温かい)

信じてみようか、その言葉を。
きっと私の味方でいてくれるだろうから。

そう思えた。

「分かりました。やらせてください」

決意を込めてそう告げると、優樹もしっかりと頷き返す。

「ああ、必ず私がサポートする」
「はい、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」

するとそれまで黙って様子を見守っていた小澤が、嬉しそうに笑った。

「バディ成立! いやー、楽しみだな、この二人の化学反応。がんばれよ、清水。俺も全力で応援するから」
「はい、ありがとうございます」

その日から茉莉花と優樹は、常に行動を共にすることとなった。