それは2月に入った最初の週末。
優樹の部屋でソファに並んで座り、コーヒーを飲んでいた時だった。

「関西に、転勤……」

優樹に告げられて、茉莉花は呆然とする。

ここ最近、優樹の様子がどこかおかしかった。
ふとした時に、何かを考える素振りをする。
心当たりのない茉莉花は、不安に駆られた。

(どうしたのかな。まさか、結婚をやめたくなったとか?)

このままでは、疑心暗鬼になる。
今日こそ話をしようと決めた矢先のことだった。

「4月から、関西支社の部長になる。下降気味の業績が回復するまで、恐らく1年半から2年くらい」
「……そう」

かろうじて返事をしつつ、茉莉花は笑顔を作れない。

(2年も離れるの? そんなの嫌!)

そう考えた途端、涙が込み上げてきた。
優樹は茉莉花の両手をそっと握る。

「茉莉花にお願いがある。結婚して、俺と一緒に関西で暮らしてほしい」
「えっ……」
「俺はどんな時も茉莉花のそばにいて、茉莉花を守ると誓った。だから茉莉花、どうか俺について来てくれ」
「優くん……」

自分も関西で暮らす。
そうすれば、毎日一緒にいられる。

「だけど、私の仕事は?」
「茉莉花も関西支社で働けるか聞いてみたんだが、すぐには難しいらしい。だから茉莉花には、のんびり好きなことをして暮らしてほしいんだ」

そこまで言ってもらえるのはありがたい。
だが茉莉花は、どうしてもすぐには頷けなかった。

(優くんと一緒に暮らしたい。結婚するんだから、ついて行くのが当たり前。うん、なにも迷うことなんてない)

必死に自分に言い聞かせるが、なぜだか素直に喜べない。

どうして?と顔をこわばらせる茉莉花を、優樹は優しく抱きしめた。

「茉莉花、大丈夫だ。俺はどんなことがあっても茉莉花を大切にする。無理しなくていい。茉莉花の気持ちに正直に答えを決めてくれればいいから」
「優くん……。私、あなたと離れたくない。ずっと一緒にいたい。それだけは本当なの。だけど、どうしても今は決められなくて」
「構わない。俺こそ、辛い選択を迫ってごめん。でも茉莉花、俺は必ず茉莉花と結婚する。それだけは忘れないで」
「はい」

涙を堪えて頷くと、優樹はもう一度茉莉花を強く抱きしめる。
今はただ、その温もりに癒やされたかった。