「そう。そんなことがあったんだ」

食事も美味しく落ち着いた雰囲気のバーに行き、カクテルを飲みながら、沙和は伏し目がちに呟く。
茉莉花は、前の彼を怖くなって拒んでしまったこと、それを優樹に打ち明けて受け止めてもらったことを沙和に話した。

「じゃあ、今も部長とは?」

茉莉花は首を横に振る。

「そっか。部長、茉莉花の気持ちを待ってくれてるんだね」
「それって、私が部長に我慢させてるってことよね?」

思わず沙和に詰め寄った。

週末は茉莉花が優樹の部屋に行くことが多かったが、同じベッドに入っても優樹は茉莉花を抱きしめるだけで、それ以上は何もしない。
だがふと夜中に目覚めると、優樹が隣にいないことがあった。
「優くん……?」と呼ぶと、窓際のカウンターチェアに座ってお酒を飲んでいた優樹が「ごめん、起こしたか?」と言って戻って来る。
あれはつまり、優樹に我慢させていたのではないか、と茉莉花は気になっていた。

「まあ、そうね。ちょっと頭と身体を冷やそうってことかもね」
「やっぱりそうかな。最近は、私に対してそういう気にならないのかなって思い始めてたんだけど……」

すると沙和は「なに言ってんの!」と声を荒らげる。

「全くそんなことないから。いい? 部長が茉莉花に手を出さないのは、心から茉莉花を大切にしてくれてる証拠よ。それだけはちゃんと分かっててあげなきゃダメ!」

きっぱり言い切ると、沙和は真剣に続けた。

「茉莉花。はっきり言って、部長はものすごく我慢してると思う。好きな人と一緒にベッドに入って何もしないなんて、どんなに葛藤して必死に自分を抑え込んでるか。自分の欲望よりも、茉莉花への愛情が勝るからそう出来るんだと思う。せめて茉莉花は、そのことをいつも忘れないでいてあげて。それと……」

沙和は少し言葉を止めてから、茉莉花に言い聞かせる。

「前の彼は、茉莉花の気持ちに寄り添わなかったから、茉莉花を怖がらせてしまったんだよ。だけど白瀬部長は違う。ちゃんと茉莉花の心も身体も大切にしてくれる。だって、既に今もそうしてくれているでしょ?」

茉莉花はゆっくりと頷く。

「うん、いつだって私を大切に守ってくれてる」
「だから茉莉花、白瀬部長が相手なら大丈夫だよ。信じて、身も心も預けてみて。怖くなんてならない。ただ幸せが込み上げるだけよ、きっと」
「ただ幸せが、込み上げる……?」
「そう。温かく包み込まれるような幸せがね」

そう言って沙和は茉莉花に笑いかける。

「どうしよう、なんて頭で考えないで信じてみて。好きって気持ちのままに」

茉莉花は沙和の言葉を心の中で噛みしめる。

「うん、分かった。彼を信じる。だって、大好きだから」
「ふふっ、それはそれは、ごちそうさま」

沙和はいつもの調子に戻って笑った。