「それで? 茉莉花はまだ課長のことを?」

ようやく笑いを収めた沙和に小声で聞かれ、茉莉花は小さく頷く。

「そっか、分かった。それなら私もカモフラージュにつき合うよ」
「え? どういう意味?」
「だから、引き続き茉莉花には優くんって彼氏がいることにする」
「そんな! 沙和ちゃんにまで嘘はつかせられないよ」
「別に大っぴらに誰かに嘘つく訳じゃないよ。茉莉花をからかうノリで、優くんとは最近どう? って話しかけるだけ。聞き耳立ててる誰かが、勝手に本物の彼氏だと思うかどうかは知ったこっちゃない。ね? 茉莉花の妄想って楽しいからさ、また聞かせてよ。胸キュンなやつがいいなー」

でも……、と茉莉花は視線を落とす。

「やっぱり気が引けるよ。勘違いされるのが分かってて、そんなこと」
「それなら、茉莉花の小澤課長への気持ちがみんなにバレてもいいの? そっちの方が困るでしょ? だって小澤課長、華恵(はなえ)さんと……」

その先の言葉を濁した沙和の意図は分かる。

(そうだよね、それがバレたら困る。だって小澤課長には、あんなに素敵な恋人がいるんだもん)

小澤と同い年で同期の小林華恵は、同じマーケティング戦略部の海外事業課の課長。
綺麗でスタイルも良く、英語がペラペラで仕事も出来る、女性社員の憧れの存在だった。

(小澤課長と華恵さんは、みんなが認めるお似合いのカップル。結婚も秒読みって噂だし、そんなお二人に私なんかが水を差す訳にはいかない)

この気持ちは封印しなければ。
だが、隠し通す自信はない。

「ね、無理でしょ? 茉莉花ったら、小澤課長に名前呼ばれただけで真っ赤になるんだもん。バレバレだよ。優くんがいた方がいいって」

沙和にそう言われてしばらく考えてみたが、やはりそうした方がいい気がした。

「じゃあ思い込むことにする。私には優くんがいる、優くんのことが好きなんだって。そしたら自然と、課長への気持ちも薄れるかもしれないしね」

そう呟いた途端、思いがけず涙が溢れてきた。

「あれ? どうしたんだろう……」

笑ってごまかしながら、慌てて指先で涙を拭う。

「茉莉花……」

沙和はそっと手を伸ばし、茉莉花の頭を優しくなでた。