この世界からきみが消えても


 でも、そもそも彼が目を覚ますこと自体、確約された希望じゃない。
 無秩序な現実にただ身を委ねることの(もろ)さを思い知ったところだった。

 もし、このまま莉久が目を覚まさなかったら。

 そんな可能性は考えたくもないけれど、莉久のためにできるのはやっぱり、彼をこんな目に遭わせた犯人に正当な裁きを下すことだけなのではないだろうか。

 突如としてわたしたちの時間を奪った犯人には、相応の報いを受けさせないとわたしとしても気が済まない。

 ────たぶん、そんなんじゃいつまでも真相になんてたどり着けないんじゃないかな。

 ────俺は本気で犯人見つけたいと思ってるから。

 以前、西垣くんに投げかけられた言葉が耳の奥でこだました。

「…………」

 本当はとっくに分かっている。わたしがやるべきこと、言わば課せられた使命。
 あとはただ、気持ちに折り合いをつけて受け入れるだけだということも。

 だけど、簡単に割り切れるわけがなかった。

 莉久に忘れられたくない。
 ふたりの時間や関係を終わらせたくない。

 そう思ってしまう。
 残酷な別れを()いられる(いわ)れなんてないはずだ。

 ぎゅう、とてのひらを握り締める。
 葛藤(かっとう)と躊躇ごと握り潰してしまえたらいいのに。

 そのときだった。
 ふいに、扉の向こう側が騒々しくなる。

 揉めるような声が聞こえてきて、訝しく思いながら立ち上がる。
 およそ病院という場所に似つかわしくない怒声につい警戒心を募らせつつ、そっと隙間を開けて覗いてみる。

「何でだよ。会わせろよ!」

「いまは無理です。お引き取りください」

 病室の前でそんな押し問答を繰り広げているのは、なんと西垣くんだった。
 藤井さんの一件を受けて、莉久の警護に当たってくれているのであろう警察官に制されている。

「西垣くん!」

 驚き混じりに扉を開けると、苛立っていた様子の彼が我に返ったのが見て取れた。
 むきになっていたことを恥じたのか、ばつが悪そうにくしゃりと髪をかき混ぜる。

「……ちょっと、話せる?」

 そう声をかけて歩み寄ると、こちらを向いた彼からこくりと頷きが返ってくる。
 わたしは警察官に会釈しつつ、西垣くんを伴ってラウンジへ向かった。



「あのさ、俺……本当にやってないんだよ」

 椅子に腰を下ろすなり、彼は身を乗り出す。

「莉久を殺そうとかマジでありえない。だって親友なんだよ? 俺にとってどれだけ大きい存在か────」

「分かってる。分かってるから、確かめさせて」

 必死に訴えかけるのを(なだ)めるように告げると、目を(しばたた)かせる西垣くん。
 一拍置いて戸惑いをあらわにした。

「確かめる……?」