この世界からきみが消えても


 わたしにはそれを得る手段がある。
 彼本人の言葉にも、客観的な推測にも頼らず、ただ事実だけを知る唯一の方法。

 心臓が早鐘(はやがね)を打つのを感じながら、てのひらを見つめた。

 “記憶”は思い出すたびに歪んでいくもの。
 だけど、眠っているそれは嘘をつかない。
 頭の中に、ものに、宿った思念の欠片(かけら)をかき集めれば自ずと真実は明らかになる。

 西垣くんには忘れられてしまうとしても、このまま真相が歪曲(わいきょく)していくよりましだ。
 もう、賭けるしかない。

 固く意を決すると、彼に電話をかけた。

「もしもし。西垣くん、いまから会える?」



     ◇



 一度、自宅へ戻ってから来ると言う彼を、正門付近のベンチで待っていることにした。
 電話越しにも疲弊(ひへい)しているのが分かるほどの(から)元気だったけれど、ひとまず会えそうでよかった。

 そのとき、ふいにスマホが震える。
 画面には見慣れない電話番号が表示されていた。

 一瞬、訝しんだもののすぐに思い至る。
 これは確か病院の番号だ。
 以前、莉久のお見舞いに行ったときに連絡先を伝えたのだった。

 もしかして、ついに彼が目を覚ましたのだろうか。
 とっさにそうよぎり、心臓をどきどき高鳴らせながら応答する。

「もしもし」

『二見さんですか。すみません、至急お伝えしたいことが……』

「どうしたんですか?」

 電話口の向こうは慌ただしく、看護師と思しき女性の声も切迫していた。
 莉久が目覚めたような喜ばしい雰囲気はなく、殺伐(さつばつ)とした不穏な予感が渦巻く。

『高原さんの容体が急変しました』



 病院に駆けつけると、莉久の病室の前でひとりの看護師さんが待っていた。
 恐らく電話をくれたのは彼女だ。

「あの、莉久は……!?」

「いま先生が()てます。落ち着いて、ここで待っていてください」

 いまにも飛び込む勢いだったけれど、両肩を掴んで制されたことで諦めるほかなかった。
 心臓が暴れたまま、呼吸が整わないまま、みるみる指先が体温を失っていく。

 何があったんだろう。
 どうして急にこんなことに?

 ぐるぐる不安が巡っては、目眩を覚えてその場にしゃがみ込む。
 看護師さんが支えてくれても、あえなく身体が沈んだ。

(お願い……。お願い、無事でいて)

 きつく両手を握り締めて必死に祈る。
 ────永遠のような時間を経て、ほどなく病室の扉が開いた。