スーツ姿の彼は、ここにいると先生みたい。
まさか刑事だなんて周囲の誰も思わないだろう。
会釈しつつ歩み寄ってくると、空いていた向かい側の椅子に腰を下ろした。
おもむろに懐から警察手帳を取り出し、テーブルの上に置く。
「あの……?」
「今日ここへ来たのは、刑事としてではなく個人的な判断です。いまからする話も埋め合わせで、ただの自己満足だと思って聞いてください」
妙な前置きをされて、何だか身構えてしまいながら続きを待った。
彼は真剣な表情で言葉を繋ぐ。
「現在、高原さんを刺殺しようとした容疑者として、西垣翔太に嫌疑が向けられています」
「えっ」
心臓が音を立てた。
まさか、警察も同じ見解だとは思わなかった。
「実はですね、事件前に高原さんとの間にトラブルがあったみたいなんですよ。詳細はまだ言えませんが。それと、目撃情報が上がってきたんです」
「もしかして、あの日……?」
「ええ。事件当日、現場付近で自宅と反対方向へ向かう西垣の姿が目撃されていました」
瞬きも呼吸も忘れたまま、正木さんの話に引き込まれる。
思わぬ事実に肌が粟立った。
「それから、藤井が興味深い証言をしまして」
「どんな?」
「事件後、西垣が何度か藤井に接触を試みていたそうなんですよ。理由については、彼女は“分からない”と言ってましたが」
「…………」
それを聞いたとき、ふと胸の内に一滴の黒い雫が滴ってきた。
真っ白な表面に浮かび上がる染み。
それは、事実を“真実”として鵜呑みにしようとしていたわたしの目を覚まさせた。
しなっていた理性が首をもたげてきて、ブレーキをかける。
広がる染みの正体は、違和感と言ってもよかった。
「とにかく、西垣には任意で同行を求めて、今朝から署で話を聞いているところです」
だから、今日は学校へ来ていなかったんだと腑に落ちる。
逃げたわけではなかった。
「ここまでの証言と目撃情報からして、西垣はかなり黒い。偽証も明らかになったことですし、間もなく犯人として逮捕されるかと思います。なので────」
そこでふいに言葉が切られたかと思うと、彼は再び懐へ手を入れた。
その手にはスマホがあって、取り出されたお陰でそれが振動していることにわたしも気がつく。
素早く立ち上がると「ちょっと失礼」と耳に当てながら離れていった。
思わず深く息をつくと、わたしは複雑な心境で目を落とす。
正木さんはきっと、彼なりの誠意で捜査状況を打ち明けてくれたのだろう。
最初に言っていた通り、事情を鑑みて、刑事としてではなくいち個人としてわたしに向き合ってくれた。
埋め合わせというのも、藤井さんを病室へ立ち入らせて莉久を危険に晒してしまった、その失態に対してなのだろう。



