この世界からきみが消えても


 今日は休んでいるものの、急にまじめに学校へ来るようになったり、例の免許証のことを証言するのに消極的だったりしたこともそうだ。
 それに、バイクのことだって妙だった。

 あれ、と思う。
 そういえば、西垣くんがバイクに乗らなくなったのは事件後からじゃなかっただろうか。

 どうしてだろう。
 乗りたくない、もしくは乗れない理由がある?

 そこまで考えてはっとした。
 点と点が線で繋がったかのようなひらめきが降ってくる。

(免許証……!)

 免許証をなくしたせいで、乗ろうにも叶わないのかもしれない。

『気分転換だって。それに夜道は危ないからさ。ちゃんと紗良ちゃんのこと送り届けないと、俺が莉久に怒られるし』

『何それ』

 あんなのはでまかせで、だからこそその話題を振ったときに様子がちがっていたんだ。
 それに、藤井さんが莉久の家から持っていった免許証は確かに“男の人”のものだった。

『そいつが莉久の家に来て、忘れていったか落としていったか……みたいな感じか』

 西垣くんならありうる。西垣くんのものだとしたら、まったく現実的だ。
 驚くほど辻褄(つじつま)が合っていた。

 けれど、ふと莉久のスマホをサイコメトリングした折の記憶が蘇ってくる。
 彼は誰かとぶつかったみたいだった。
 そのとき、地面に散らばった荷物の中に例の免許証があったかもしれない。

 その相手が西垣くんだったのだろうか。
 そのときは急いでいたとか何らかの理由があって立ち去ったものの、莉久に免許証を拾われたことにあとから気がついた?

 犯行後だったら、身が擦り切れるような危機感を覚えたはずだ。
 そんなものが莉久の家にあったら真っ先に疑われる。
 だから、藤井さんを使って回収しようとした。

 彼女と高校時代から交流があった西垣くんは、たとえば彼女の弱みを握っていて、それを出しに脅して利用したのかもしれない。
 藤井さん自身が語っていた万引きの件は、十分その材料になるだろう。

 彼女を脅迫している時点で、主導権は真犯人の方にある。

 思い返してみれば当初、西垣くんはしつこいほど藤井さんを疑っていた。
 もしかすると、印象操作やミスリードしたい目的があったのかもしれない。

 藤井さんを犯人に仕立てあげれば、自分は逃げおおせるから。

(じゃあ、西垣くんが……)

 今日来ていないのは、まさか逃げたせい?
 正木さんの追及に焦燥(しょうそう)を煽られて怯んだとか────。

「二見さん」

 憶測が深みに入り込んだとき、ふいに名前を呼ばれた。
 学食は喧騒(けんそう)にあふれているはずなのに、その声は不思議とはっきり聞き分けられた。

「正木さん……」