この世界からきみが消えても


 思わず抱き締めようと彼に手を伸ばしかけて、慌てて止まった。
 依然震えたままの両手をきつく握り締める。

 迂闊(うかつ)に触れることもできない。
 ふとした拍子に、意図せずサイコメトリングが発動してしまったら、と思うと怖い以上にもどかしかった。

 たたらを踏むと、力が抜けてその場にへたり込む。
 ベッドの柵にしがみついたまま、こらえきれずに声を上げて泣いた。



 どれくらいの時間が経ったんだろう。
 気がつくと、わたしは椅子に腰を下ろした状態でベッドに伏せたまま眠ってしまっていた。

 いつ、どうやって座ったのかも記憶にない。
 それくらい途方もない衝撃に打ちひしがれて、動揺していたみたい。

 いまだって平気になったわけじゃないけれど、ひとしきり泣いたことで少しだけ気が休まった。
 こうして目が覚めて、同じ世界に莉久がいることに心からほっとする。

「……よかった、本当に。生きててくれて」

 それだけで希望になる。

 カーテンの隙間から、ひと筋の柔らかい光が射し込んでいた。
 昼下がりの陽射しがいつの間にか夕日へと移り変わっていたみたいだ。

(喉、渇いた)

 あれだけ泣けば当然かもしれない。
 自販機か売店にでも行ってこようと、そっと立ち上がった。

 転がっていた指輪の箱を拾い上げ、広げっぱなしになっていた彼の持ちものとともにバッグにしまっておく。

 歩き出した足は、まだ夢の中にいるみたいにふわふわしている。
 泣いて、眠って、瞬きは重いけれど気分は晴れていた。
 弱い気持ちが涙で洗い流されたのかもしれない。

 あんな無情なヴィジョンを見たからこそ、いっそうすべてを知りたい意志が強くなった。
 真相を掴むための覚悟がようやく決まった気がする。

 意気込むような凜とした思いで扉を開けると、廊下に設置された長椅子に見知った姿があった。
 ちょうど顔を上げた彼と目が合う。

「西垣くん」

「……よ」

 軽い調子で片手を上げているけれど、どことなく窺うような気配があった。
 いつからいたのか分からないけれど、もしかすると、気を遣ってわたしが出てくるまで待っていてくれたのかもしれない。

 荷物を持って立ち上がった彼は、何だか遠慮がちに歩み寄ってきた。

「その、俺……本当ごめん」

「え?」

 謝られるような覚えがなくて、戸惑ってしまう。
 西垣くんはばつが悪そうに微妙な顔をした。

「ほら、最初さ、紗良ちゃんのことちょっと疑ったじゃん。ほんの一瞬でもそう思ったことが、何かすごい申し訳なくて」