イジワル幼なじみが「友達だからいいでしょ?」っていいながら、めちゃくちゃ溺愛してくるんですけど!?

 公園のベンチに二人で並んで座った。
 昔よく遊んだゾウの形のすべり台が今ではなんだか小さく見える。
 成長したんだなあ、私。
 式見も身長、伸びたよね。
 小学五年生の頃に、式見は一気に身長が伸びた。
 クラスで一番背が高い。足もスラッと長くて、バランスが良くて。
 その頃のクラスでは「雑誌のモデルみたい」って、よく言われてたっけ。
 今日、本当にモデルデビューしちゃったわけだけど。
 何だか私、すごくセンチメンタルになってるなあ。
「百里。話ってなに」
 ずっと黙ったままの私に、式見が急かすように言った。
 なんだか式見。少し、焦ってる?
「えっと、最近の式見の行動について考えたんだけど」
 これだとずいぶん遠回しだよね。
 でも、なんて言えばいいのかわからない。
 ストレートに聞く勇気がまだ、私にはなくて。
「式見がなんで突然私と友達になりたいって言いだしたのかわからなくて」
「……そうなんだ」
「そうなんだ、ってどういうこと」
「わかってるくせに」
「わかんないよ。わかんないから、考えたの。すごく」
「本当に? 百里はいつも、俺のこと真剣に考えてなかったよ」
 そう言い切る、式見。
 私、そうだったの? 式見のこと、ちゃんと考えてなったのかな。
「考えてたつもりだけど、式見の言うことっていつもわけわかんなかったし」
「だから、ちゃんと話したかった。だから、友達になろうって言ったんだよ。むりやりにでも二人の時間を作れば、百里は俺のことを見てくれるって思ったんだよ」
「え……」
 そう、だったの。
 あれは、式見なりの考えだったんだ。
 私が、式見を避けてたから……。
「ねえ」
「……な、なに」
「保育園の年長のときの七夕のこと、覚えてる」
 もちろん、覚えてる。
 式見は、一番てっぺんの笹の葉に短冊をむすびつけて、真剣な顔で何かを祈っていた。
 あまりにもてっぺんだったから、式見が短冊に何を書いたのか私は知らない。
「あの時、短冊に書いた願いごとを俺はずっと叶えようとしてる」
 その表情は、あの時短冊に祈っていた六歳の式見の顔と全く変わってない。
 真剣で、そしてかっこいい。
 まっすぐに私を見つめて、式見は言った。
「七夕の願いごとが本当に叶うのか、いっしょに検証してくれる」
「い、いいけど」
「願いが叶わなかったら、百里のせいだからね」
 いたずらっぽくそう笑むと、式見はベンチから立ち上がって、私の前に立った。
 日が暮れようとしていた。
 ゆっくりと太陽が西に沈んでいく。
 長く伸びた影が、私と式見の影を平行線にしている。
 式見だけ、ちょっと長い。
 立ち上がった式見は、私を見下ろしながら、なんでもないことのようにサラリと言った。
「そんなに悩んでるなら、友達なんて止めて、俺と付き合えばいいんじゃない」
「えっ」
「だから、もう友達止めればいいじゃん」
「はい?」
「俺の彼女になれって言ってんの」
 何、これは。
 告白なの? 告白、でいいんだよね。
 今、私は式見に告白されてるらしい。
「何その、ムードのかけらもないセリフ」
「……百里、ムードいるの? いるなら、作るけど」
 言うと式見は突然隣に座ってきた。
 そして、私のアゴをスッとすくいあげ、鼻先をちょんとくっつけてくる。
 ちょ、待って。これ、くちびるが触れちゃいそうっ。
「何で嫌がってるの」
「い、嫌とかじゃなく……」
「あいつには、キスされかけてても抵抗してなかった」
 それって、小林くんのこと?
 まだ根に持ってるの、こいつ!
 式見の指先が、私の髪のひとふさを取った。
 それを自分の口元に持って行く。
 式見が私の髪に、き、キスしちゃった……。
「百里。顔、赤いよ」
 もう恥ずかしすぎて、全身熱いのに。
 式見との距離はこぶしひとつ分もなくて。
 肩はすでに触れちゃってるし。
 ほっぺたはときどき、式見のがふわっとかすめていく。
 その度に、心臓がドキン、とはねあがる。
 ムリすぎて、ムリ。
 こんなの、死んじゃうよ。
「ねえ、俺のこと好き?」
「いや、その」
「そんなに顔真っ赤なのに、まだ好きじゃないとか言うつもり」
「ちが、ちがうけど」
「じゃあ、好きなんだよね? 俺のこと」
 近すぎる式見の瞳が、ジイッと私を見つめている。
 これはちゃんと答えないと、離してくれない目だ。
 もうずっと昔から、私はこの目を知っている。
 ――百里ちゃん、今日はもう少しいっしょに遊んで行こうよ。
 ――百里ちゃん、今日はその子じゃなくて、俺とこの本を読もうよ。
 ――百里ちゃん、明日も俺といっしょに遊んでくれる?
 式見はずっと昔から、はっきりしない私にサインを出してたんだ。
 でも、私はこの目からずっと逃げてた。
 わかろうとしてなかった。
 恋なんて、私には無縁だって、思い込んで。
 だって、こんなにもやもやして、こんなにドキドキするもの。
 大変すぎる!
 私には荷が重いよ!
「ねえ、百里。ハッキリ言ってよ」
「わ、私に……恋なんて、できない」
「はあ?」
「心臓がつぶれそう。式見に見られると」
「それは、俺のことが好きだからでしょ」
「でも、もう死にそうなの。呼吸困難で」
「だから、それは……」
「私、式見のことが好きなんだ……」
 つぶやくように言うと、式見の息を吸う音が聞こえた。
 見上げると、泣きそうな顔で式見が笑っている。
「百里、俺も……百里が好きだよ」
「でも私、やっぱり……式見のこと、見れない。むり、こんなの……」
「あはは」
 真っ赤な顔を見られたくなくて、私は式見から顔をそむけた。
 だけど、もう式見は戸惑うそぶりを見せなかった。
 いつものよゆうの笑みを浮かべて、またグッと私との距離を縮めてきた。
 ああ、もう止めて。
「もーもーり。可愛いじゃん」
 ささやくように耳元で言われる。
「止めて、止めて。それ。恥ずかしすぎる」
「ふうん。そっかあ。でもさ、俺イジワルだから。止めてって言われて、止めると思う?」
「……思わない」
 すると、式見はニコッと笑って言う。
「ねえ、笑ってよ。俺に、百里の笑顔。見たいな。モデルの時、やってたよね」
「えっ」
「小林には、見せてた笑顔。俺にはやってくれたことないよね」
「その時から、見てたの? 式見」
「ううん、柳原から聞いた。百里、すごくいい笑顔だったよ、って言ってた」
 柳原くん、よけいなことを……。
「笑ってくれないと、キスするよ。ほんとに」
「やだ」
「うわあ、傷つく」
「嘘。私の言葉なんかで、傷つくわけない。あんたが」
「傷つくよ。百里だもん」
 式見の両手で、私の頬がふわっと包みこまれる。
「百里が好きだから、俺だけ見ててほしいんだよ。ダメ?」
「いや、それは……」
「じゃあ、今すぐここで笑顔になるか。一生、俺のことだけ好きでいるか決めて?」
 何その、おかしな選択肢。
 いつものことだけど、今ここでそれを言う?
 でも、笑顔は無理だろうな。どうせ演技でやったって、すぐバレる。
 そんなんじゃダメだよね、なんて言われて納得してもらえないんだろうな。
 つまり、選択肢は一つしかないわけだけど……。
「あ、あともう一個、選択肢があるよ」
 ふと、思いついたように式見が言った。
「俺のことをこれからは、木蓮って呼ぶこと」
「えっ」
「言ったよね、友達になるとき。でも結局、呼んでくれてないけど」
 つまり、式見のことを木蓮と呼ぶか。
 式見のことを一生好きでいるか、のどっちかってこと?
「まだ、付き合ってもないのに、一生好きでいるかなんて」
「じゃあ、名前呼びしかないよね?」
 キッパリと、嬉しそうに言ってくる。
「二人きりの時だけでいいの?」
「そうだね。まあ、いいけど」
 ちょっと不服そうだけど、妥協できるレベルらしい。
「わかった。名前呼びにする」
「ふうん。じゃあ、試しに一回呼んでみて」
「う……うん」
 でも、木蓮なんて保育園以来すぎて、なかなか口がその形にならない。
 くわえて、ますます顔が熱くなってくる。
「も、ももももく、れんくん……」
「ふはは、なんで〝くん〟呼び?」
 つい、昔のクセで〝くん〟をつけちゃった。
 というか、苗字で言い慣れてしまっていて、呼び捨てができない。
「いいね。くん呼びも。懐かしくて」
 ふっ、と穏やかな表情で笑う式見。
 久しぶりの感覚かも知れない。
 二人で遊んだ懐かしい公園で、こうして二人でいることが。
 それがなんだか嬉しくて、つられて私も笑顔になる。
「笑ったね」
「あっ……」
「そうやって、俺にも笑ってよ」
「あんたがイジワルいなくなればね」
「それはムリかなあ」
「なんでよ」
「百里が好きだから」
 式見の顔が、近づいてくる。
 ちゅ、と音を立てて、私の頬を何かが触れていった。
 それは確実に式見のくちびるで。
 私はついその触れた部分を抑えて、ぼうぜんとしてしまう。
「あはは、かーわいい。真っ赤だね」
「い、いきなり、なんで」
「許可を得てするもんなの、ちゅーって」
「あ、当たり前。漫画では、していいか、聞いてるシーンとかあるし」
「そうなんだ。百里がそう言うならそうするよ。じゃあ、もう一回していい?」
「だ、だだだダメに決まってる!」
「なーんだ。じゃあ、勝手にするしかないよね? したいときにできないなんて、俺が可哀想じゃない?」
「なんで、なんでそんなことに」
「だってさ俺、百里の恋人じゃないのにちゅーしたんだよ? 普通だったら、ビンタくらいされそうなものなのに。真っ赤になって、可愛く震えてるだけなんだもん」
 なんて、またイジワルなこと言ってきて。
 もう、もう……こんなやつ知らない!
「ぜったい、あんたの恋人になんてなってやらないから!」
「ふーん。じゃあ、友達ではいてくれるんだよね。なら、いいよ」
 そうやって、式見はいつもの余裕の笑みを浮かべていた。