春になると咲く『シキミ』っていう可愛い花があるらしい。
シキミの実には猛毒があるんだって。だからなのか、シキミの花の花言葉は『猛毒』。
そして、もう一つ。それは、『甘い誘惑』。
シキミは可愛らしい花をつける。それが独特の強い香りを放つことから、神聖な樹木として、神仏に備えられているんだって。
スゴイ植物って感じだよね。
甘い誘惑、そして猛毒かあ。
自分勝手で、デリカシーがないくせに、変なところはめざとくて、人の心を振り回す。
式見木蓮にぴったりの花言葉だよ。
先生の頼まれごとは、教室の机に置いてあるプリントをホッチキス留めして、みんなに配っておいてほしいと言うものだった。
「ホッチキス留めは職員室ではジャマになるから、隣の校長室を使っていいってさ。休み時間の間に終わる量だから、よろしくって言ってた」
言いながら、式見は職員室のドアをノックした。
担任の桜木先生の机は入り口から一番手前。
そこには確かにプリントの束が置いてあった。上にホッチキスもちょこんと乗せられている。
向かいに座る教務主任の伊調先生が「校長室ね、空いてるよ」と中扉を指さしてくれる。職員室は校長室に繋がっているのだ。
式見が「お借りしまーす」と言って、プリントを持った。私もホッチキスを手渡される。
校長室は会議用に長テーブルが四角に並べられていた。そこにバサッとプリントを置くと、横に並んでイスに座る。
授業で使うプリントを二枚づつ、パチ、パチと閉じていく。
別に式見と話すこともないので、早く終われと言わんばかりにもくもくと作業を続ける私。
しかし、さっきから視線を感じていた。横から。
「式見、なんで見てくんの?」
「だって、何も話さないから」
「話すことがないんだから、当たり前」
「いやいや、こういう時は気を使って話題を提供するもんなんじゃないの」
「なんで私がそんなことしなくちゃいけないの。そんなに言うなら式見が提供してくれればいい話でしょ」
「だって、花井ってさ。せっかく前髪切ったのって聞いても、切ってないって嘘つくじゃん。話題をふっても〝切ってない〟で終わりにされて、また話題をよこせはさ。それは都合のいい話だよね?」
それは、ごもっとも……です。
でも、ちょっとふてくされた顔をしている式見の長いまつ毛が何ともムカつく。
男のくせになんでそんなにまつ毛が長いのよ。
整った鼻筋も、荒れてない肌も、シルエットがきれいな頭身もなにもかもムカつく。
顔がいいからって、女子にちやほやされてるみたいだけど、私はそんなのに惑わされないんだから!
性格は悪いし、毒舌だし、口を開けばあーだこーだ言うような男子。私は、ちょっとも魅かれたりしない。
他の女子と違って!
「やっぱり花井、前髪切ったんでしょ」
式見の色素の薄い瞳が、私の視界に飛びこんでくる。
丸くて、大きくて、そして奥底でいたずらっぽく笑むような、あざとい瞳。
自分の顔が真っ赤になっていくのを感じる。
ああ、もう。お願い。ドキマギするな、私!
こいつはわかってやってんの。
だって、ほら。形のいいくちびるが「くすっ」って感じに笑ってる。
「顔、赤いよ」
「赤くない」
「ほら、また。嘘ついてる」
「嘘じゃない! だって赤くなる予定、なかったもん」
「ふうん。俺も花井の顔を赤くする予定なかったよ。お前が勝手に赤くなってるだけでしょ」
私はいよいよ式見を無視してホッチキス留めを再開した。
式見も次々にプリントを重ねて手渡してくる。
休み時間は後、五分。
「花井」
「急いでるの。黙ってやってよ。配る時間なくなる」
「俺さ、男友達としか遊んだことないんだよね」
「いきなり、なに言いだすの」
式見が意図の読めないことを突然言い出すのは、いつものことだけど。
最後のプリントを式見が渡して来た。
私はそれにラスト一発、とばかりに〝パチン〟と小気味よい音を響かせた。
「花井。俺たち、友達だよね」
「は?」
「俺の、初めての女友達」
人差し指で、こちらを指してくる式見。
指で人を指すようなやからと友達になった覚えはないんだけど。
「俺、花井を話すの楽しいんだよね」
「私は楽しくない」
「ほーら。また、嘘ついてる。アハハ、おもしろ」
私がとじだプリントをトントンとそろえる式見。
それをボーゼンと見ていた。
何だか今、変な状況になってないかな。
「えっと、これってどういうこと?」
「たった今、俺と花井が正式に友達になったってこと」
「何でそんなことに」
「花井と話すのが楽しいから」
そう言い残すと、式見はプリントとホッチキスを持って校長室を出て行こうとする。
「早くもどろ。そろそろチャイムなるよ」
「ああ、うん……」
またしても、振り回されている。
そうに違いはないんだけど、友達になったっていうのは悪い気がしない。
でも、式見と友達になるってどういうことだろう。
少しだけ悶々としながら、私は式見の後を着いて行った。
シキミの実には猛毒があるんだって。だからなのか、シキミの花の花言葉は『猛毒』。
そして、もう一つ。それは、『甘い誘惑』。
シキミは可愛らしい花をつける。それが独特の強い香りを放つことから、神聖な樹木として、神仏に備えられているんだって。
スゴイ植物って感じだよね。
甘い誘惑、そして猛毒かあ。
自分勝手で、デリカシーがないくせに、変なところはめざとくて、人の心を振り回す。
式見木蓮にぴったりの花言葉だよ。
先生の頼まれごとは、教室の机に置いてあるプリントをホッチキス留めして、みんなに配っておいてほしいと言うものだった。
「ホッチキス留めは職員室ではジャマになるから、隣の校長室を使っていいってさ。休み時間の間に終わる量だから、よろしくって言ってた」
言いながら、式見は職員室のドアをノックした。
担任の桜木先生の机は入り口から一番手前。
そこには確かにプリントの束が置いてあった。上にホッチキスもちょこんと乗せられている。
向かいに座る教務主任の伊調先生が「校長室ね、空いてるよ」と中扉を指さしてくれる。職員室は校長室に繋がっているのだ。
式見が「お借りしまーす」と言って、プリントを持った。私もホッチキスを手渡される。
校長室は会議用に長テーブルが四角に並べられていた。そこにバサッとプリントを置くと、横に並んでイスに座る。
授業で使うプリントを二枚づつ、パチ、パチと閉じていく。
別に式見と話すこともないので、早く終われと言わんばかりにもくもくと作業を続ける私。
しかし、さっきから視線を感じていた。横から。
「式見、なんで見てくんの?」
「だって、何も話さないから」
「話すことがないんだから、当たり前」
「いやいや、こういう時は気を使って話題を提供するもんなんじゃないの」
「なんで私がそんなことしなくちゃいけないの。そんなに言うなら式見が提供してくれればいい話でしょ」
「だって、花井ってさ。せっかく前髪切ったのって聞いても、切ってないって嘘つくじゃん。話題をふっても〝切ってない〟で終わりにされて、また話題をよこせはさ。それは都合のいい話だよね?」
それは、ごもっとも……です。
でも、ちょっとふてくされた顔をしている式見の長いまつ毛が何ともムカつく。
男のくせになんでそんなにまつ毛が長いのよ。
整った鼻筋も、荒れてない肌も、シルエットがきれいな頭身もなにもかもムカつく。
顔がいいからって、女子にちやほやされてるみたいだけど、私はそんなのに惑わされないんだから!
性格は悪いし、毒舌だし、口を開けばあーだこーだ言うような男子。私は、ちょっとも魅かれたりしない。
他の女子と違って!
「やっぱり花井、前髪切ったんでしょ」
式見の色素の薄い瞳が、私の視界に飛びこんでくる。
丸くて、大きくて、そして奥底でいたずらっぽく笑むような、あざとい瞳。
自分の顔が真っ赤になっていくのを感じる。
ああ、もう。お願い。ドキマギするな、私!
こいつはわかってやってんの。
だって、ほら。形のいいくちびるが「くすっ」って感じに笑ってる。
「顔、赤いよ」
「赤くない」
「ほら、また。嘘ついてる」
「嘘じゃない! だって赤くなる予定、なかったもん」
「ふうん。俺も花井の顔を赤くする予定なかったよ。お前が勝手に赤くなってるだけでしょ」
私はいよいよ式見を無視してホッチキス留めを再開した。
式見も次々にプリントを重ねて手渡してくる。
休み時間は後、五分。
「花井」
「急いでるの。黙ってやってよ。配る時間なくなる」
「俺さ、男友達としか遊んだことないんだよね」
「いきなり、なに言いだすの」
式見が意図の読めないことを突然言い出すのは、いつものことだけど。
最後のプリントを式見が渡して来た。
私はそれにラスト一発、とばかりに〝パチン〟と小気味よい音を響かせた。
「花井。俺たち、友達だよね」
「は?」
「俺の、初めての女友達」
人差し指で、こちらを指してくる式見。
指で人を指すようなやからと友達になった覚えはないんだけど。
「俺、花井を話すの楽しいんだよね」
「私は楽しくない」
「ほーら。また、嘘ついてる。アハハ、おもしろ」
私がとじだプリントをトントンとそろえる式見。
それをボーゼンと見ていた。
何だか今、変な状況になってないかな。
「えっと、これってどういうこと?」
「たった今、俺と花井が正式に友達になったってこと」
「何でそんなことに」
「花井と話すのが楽しいから」
そう言い残すと、式見はプリントとホッチキスを持って校長室を出て行こうとする。
「早くもどろ。そろそろチャイムなるよ」
「ああ、うん……」
またしても、振り回されている。
そうに違いはないんだけど、友達になったっていうのは悪い気がしない。
でも、式見と友達になるってどういうことだろう。
少しだけ悶々としながら、私は式見の後を着いて行った。



