あれから、夜はポージングの練習にあけくれ、ついに当日。
私はすっきりした表情で駅前の時計台の前に向かった。
そこにはすでに柳原くんと式見が来ていた。
二人とも、やっぱりオシャレだ。
柳原くんはモノクロコーデに赤のソックスとリュックでさし色。抑えめなんだけど、チラッと見える赤のスパイスが上級者って感じ。
式見は黒シャツに、グレーのジャケットとパンツのセットアップ。さわやかな印象のコーディネート。
そんな私も、この日のためにちゃんと勉強してきたんだもんね。
袖がひらっとした白シャツに、ハイウエストの黒のロングスカートを太めのベルトでキュッとしぼった。これだと足長効果があってスタイルがよく見えるらしい。
柳原くんのお兄さんがライターをしている雑誌を買って、読み込んだ。
どーだ。これなら式見も文句言えまい!
「おお、花井。いいじゃん、そのコーデ」
やったあ、柳原くんに褒められた。がんばったかいがあったよ。
式見は、何か私をジッと見て何か考えてるみたい。
どうせ荒さがしでしょ。しかし、残念。今日の私は完璧なのだ。
髪も巻いてアップにまとめたし、メイクも早起きしてやった。どっちも動画を見ながらがんばって仕上げたんだから!
「ね、式見。いいよね、今日の花井」
何も言わない式見に、柳原くんが気を使ってふってくれた。
式見、なんて言うかな。
「……ふうん。まあまあじゃない」
そっけなくそう言って、さっさと駅の構内へと歩きだしてしまう式見。
でもよく見ると、耳がちょっとだけ赤くなってる。
……照れてる?
「式見も照れたりするんだ」
「おもしろ。式見をからかうネタができたわ」
柳原くんが恐ろしいことを言ってるよ。
式見をからかうなんて、恐ろしくてできない。
からかったあかつきには、おふざけが何倍にもなって返ってくるんだもんなあ。
駅で切符を買って、目的の駅へと向かう。
最寄り駅から電車で終点まで。
この辺で一番大きな駅である、柑子駅。
柑子駅の周辺には、本屋や出版社がたくさんある。
近くの神社ではたまに古本市とかもやっていて、本好きにはたまらない町なのだ。
「俺の兄貴が働いてるうみねこ出版はあの交差点のビルの三階だ」
いかにも歴史がありそうな雰囲気のあるビルにはエレベーターがなかった。
私たちは階段で三階まで行き、うみねこ出版と書かれたプレートがかかったドアを叩く。
すると中から、柳原くんに似た顔の男の人が出てきた。
私たちの顔を見ると、その人はニコッとして言った。
「ようこそ、うみねこ出版へ」
「なにかっこつけてんだよ、兄貴」
「別にいいだろ筒路、このほうが雰囲気があって楽しいだろ」
くちびるをとがらせるお兄さんは、柳原くんより年上のはずなのになんだか子どもっぽく見える。
身長も私たちより高いのに、大人には見えない。つまり、同世代のように話しやすい人なんだ。
でもこの人があの雑誌を書いた人なんだ。その人が目の前にいるって、なんだか不思議だなあ。
「ああ、兄貴。こっちが、例の式見木蓮。そして、今回の読者モデル候補。花井百里」
いきなり紹介され、私はあわてて頭を下げた。
「こここ、こんにちは。よろしくお願いします」
「いやいや、こちらこそ。よろしくね」
お兄さんは柔らくほほ笑んでくれる。その笑顔は私の緊張をいくぶんかほぐしてくれた。
「じゃあ、さっそくスタジオの方に向かおうか」
言って、お兄さんはドアを閉めた。
チラッと見えた中には何人かの人がパソコンに向かって作業をしていた。
「小さい出版社なんだけど、なんとか書店に雑誌を置いてもらえるようになったんだ。だから、もっともっと雑誌の目玉になってくれそうなものを探してて」
スタジオがあるのはこの上の四階らしい。
私たちはまた階段をのぼっていく。
「筒路の同級生にびっくりするほどのイケメンがいるって聞いてさ。見ると、本当に人目をひく容姿だったからぜひモデルにと思ってたんだけど」
お兄さんは式見のほうを見て言う。
しかし、式見は興味がなさそうにもくもくと階段をあがっている。
もっと愛想よくできないのかっ。
「でも、百里ちゃんもいいね。カメラ映えしそうだ。メイクもまだまだいじりがいありそうだし、読者に身近に感じてもらえそうなモデルになれそうな……」
「それって、百里がメイクし直さないと使い物にならないって言いたいの?」
「えっ、いや、そういう意味じゃ」
式見の言い分に、お兄さんは困ったように顔をしかめた。
あわわ、ちょっと式見ってば。
私はなぜか超絶不機嫌な式見をなだめようとする。
「ねえ、なに怒ってんの」
「百里。なんでモデルなんてやるって言いだしたの」
「はあ? なんでって」
「今までは、こんなの興味なかったじゃん。服だって、メイクだって、前までは全然興味なかったのに、急にどうしたの」
式見の問いに、私は答えられなかった。
だって、それは。
あんたのせいだもん。
式見が〝友達になろう〟なんて言って、急に私の世界に飛び込んできたせいでしょ。
今までは、きちんと式見のこと、避けてたのに。
あんたが近くにいると私、心臓が変になるから、避け続けてきたのに!
「あんたには、関係ない」
私はまた、嘘をついた。
式見にはいつだって、嘘をついてしまう。
私のことを見抜かれたくなくて。
「関係ないって、そんなことないじゃん。俺たち、友達じゃん」
「あんたと友達なんて、なった覚えない!」
「……あっそ。もういい」
式見は階段を駆け下りていく。
しばらくその場に、沈黙が流れた。
お兄さんと柳原くんが、どうすればいいのか戸惑っているのがわかる。
そりゃそうだよね。
こんなおおっぴらにケンカされて、そりゃ困っちゃうよね。
私は今できる精いっぱいの笑顔で、二人を振り返った。
「すみません……。式見、いなくなっちゃいましたけど撮影、大丈夫ですかね」
「あ……ああ。式見くんは今日はモデルをやってもらう予定じゃなかったから衣装も用意してないし、問題はないよ」
さすが、大人のお兄さんはすぐに笑顔を作ってくれた。
すぐに柳原くんも息をついて。
「ったく。式見はしょうがねえな……」
「なるほど。式見くんはそういうことだったのか。そりゃ、怒っちゃう気持ちも分からなくはないかな」
「兄貴がわかっても意味ないだろ」
「はは、確かに」
兄弟だけわかる会話をしてる。私にはさっぱりわからないけど。
とりあえず、場の雰囲気は落ち着いたからよかった。
式見はどうしただろう。
電車に乗って、帰っちゃったかな。
はあ。何だか式見がいなくなったからか、緊張してきちゃった。
柳原くんにはお兄さんがいるし。
何だか大人の世界に、一人だけ迷い込んだ子どもの気分だ。
でも、もう式見はいない。
一人でも、がんばらなくちゃ。
私はすっきりした表情で駅前の時計台の前に向かった。
そこにはすでに柳原くんと式見が来ていた。
二人とも、やっぱりオシャレだ。
柳原くんはモノクロコーデに赤のソックスとリュックでさし色。抑えめなんだけど、チラッと見える赤のスパイスが上級者って感じ。
式見は黒シャツに、グレーのジャケットとパンツのセットアップ。さわやかな印象のコーディネート。
そんな私も、この日のためにちゃんと勉強してきたんだもんね。
袖がひらっとした白シャツに、ハイウエストの黒のロングスカートを太めのベルトでキュッとしぼった。これだと足長効果があってスタイルがよく見えるらしい。
柳原くんのお兄さんがライターをしている雑誌を買って、読み込んだ。
どーだ。これなら式見も文句言えまい!
「おお、花井。いいじゃん、そのコーデ」
やったあ、柳原くんに褒められた。がんばったかいがあったよ。
式見は、何か私をジッと見て何か考えてるみたい。
どうせ荒さがしでしょ。しかし、残念。今日の私は完璧なのだ。
髪も巻いてアップにまとめたし、メイクも早起きしてやった。どっちも動画を見ながらがんばって仕上げたんだから!
「ね、式見。いいよね、今日の花井」
何も言わない式見に、柳原くんが気を使ってふってくれた。
式見、なんて言うかな。
「……ふうん。まあまあじゃない」
そっけなくそう言って、さっさと駅の構内へと歩きだしてしまう式見。
でもよく見ると、耳がちょっとだけ赤くなってる。
……照れてる?
「式見も照れたりするんだ」
「おもしろ。式見をからかうネタができたわ」
柳原くんが恐ろしいことを言ってるよ。
式見をからかうなんて、恐ろしくてできない。
からかったあかつきには、おふざけが何倍にもなって返ってくるんだもんなあ。
駅で切符を買って、目的の駅へと向かう。
最寄り駅から電車で終点まで。
この辺で一番大きな駅である、柑子駅。
柑子駅の周辺には、本屋や出版社がたくさんある。
近くの神社ではたまに古本市とかもやっていて、本好きにはたまらない町なのだ。
「俺の兄貴が働いてるうみねこ出版はあの交差点のビルの三階だ」
いかにも歴史がありそうな雰囲気のあるビルにはエレベーターがなかった。
私たちは階段で三階まで行き、うみねこ出版と書かれたプレートがかかったドアを叩く。
すると中から、柳原くんに似た顔の男の人が出てきた。
私たちの顔を見ると、その人はニコッとして言った。
「ようこそ、うみねこ出版へ」
「なにかっこつけてんだよ、兄貴」
「別にいいだろ筒路、このほうが雰囲気があって楽しいだろ」
くちびるをとがらせるお兄さんは、柳原くんより年上のはずなのになんだか子どもっぽく見える。
身長も私たちより高いのに、大人には見えない。つまり、同世代のように話しやすい人なんだ。
でもこの人があの雑誌を書いた人なんだ。その人が目の前にいるって、なんだか不思議だなあ。
「ああ、兄貴。こっちが、例の式見木蓮。そして、今回の読者モデル候補。花井百里」
いきなり紹介され、私はあわてて頭を下げた。
「こここ、こんにちは。よろしくお願いします」
「いやいや、こちらこそ。よろしくね」
お兄さんは柔らくほほ笑んでくれる。その笑顔は私の緊張をいくぶんかほぐしてくれた。
「じゃあ、さっそくスタジオの方に向かおうか」
言って、お兄さんはドアを閉めた。
チラッと見えた中には何人かの人がパソコンに向かって作業をしていた。
「小さい出版社なんだけど、なんとか書店に雑誌を置いてもらえるようになったんだ。だから、もっともっと雑誌の目玉になってくれそうなものを探してて」
スタジオがあるのはこの上の四階らしい。
私たちはまた階段をのぼっていく。
「筒路の同級生にびっくりするほどのイケメンがいるって聞いてさ。見ると、本当に人目をひく容姿だったからぜひモデルにと思ってたんだけど」
お兄さんは式見のほうを見て言う。
しかし、式見は興味がなさそうにもくもくと階段をあがっている。
もっと愛想よくできないのかっ。
「でも、百里ちゃんもいいね。カメラ映えしそうだ。メイクもまだまだいじりがいありそうだし、読者に身近に感じてもらえそうなモデルになれそうな……」
「それって、百里がメイクし直さないと使い物にならないって言いたいの?」
「えっ、いや、そういう意味じゃ」
式見の言い分に、お兄さんは困ったように顔をしかめた。
あわわ、ちょっと式見ってば。
私はなぜか超絶不機嫌な式見をなだめようとする。
「ねえ、なに怒ってんの」
「百里。なんでモデルなんてやるって言いだしたの」
「はあ? なんでって」
「今までは、こんなの興味なかったじゃん。服だって、メイクだって、前までは全然興味なかったのに、急にどうしたの」
式見の問いに、私は答えられなかった。
だって、それは。
あんたのせいだもん。
式見が〝友達になろう〟なんて言って、急に私の世界に飛び込んできたせいでしょ。
今までは、きちんと式見のこと、避けてたのに。
あんたが近くにいると私、心臓が変になるから、避け続けてきたのに!
「あんたには、関係ない」
私はまた、嘘をついた。
式見にはいつだって、嘘をついてしまう。
私のことを見抜かれたくなくて。
「関係ないって、そんなことないじゃん。俺たち、友達じゃん」
「あんたと友達なんて、なった覚えない!」
「……あっそ。もういい」
式見は階段を駆け下りていく。
しばらくその場に、沈黙が流れた。
お兄さんと柳原くんが、どうすればいいのか戸惑っているのがわかる。
そりゃそうだよね。
こんなおおっぴらにケンカされて、そりゃ困っちゃうよね。
私は今できる精いっぱいの笑顔で、二人を振り返った。
「すみません……。式見、いなくなっちゃいましたけど撮影、大丈夫ですかね」
「あ……ああ。式見くんは今日はモデルをやってもらう予定じゃなかったから衣装も用意してないし、問題はないよ」
さすが、大人のお兄さんはすぐに笑顔を作ってくれた。
すぐに柳原くんも息をついて。
「ったく。式見はしょうがねえな……」
「なるほど。式見くんはそういうことだったのか。そりゃ、怒っちゃう気持ちも分からなくはないかな」
「兄貴がわかっても意味ないだろ」
「はは、確かに」
兄弟だけわかる会話をしてる。私にはさっぱりわからないけど。
とりあえず、場の雰囲気は落ち着いたからよかった。
式見はどうしただろう。
電車に乗って、帰っちゃったかな。
はあ。何だか式見がいなくなったからか、緊張してきちゃった。
柳原くんにはお兄さんがいるし。
何だか大人の世界に、一人だけ迷い込んだ子どもの気分だ。
でも、もう式見はいない。
一人でも、がんばらなくちゃ。



