家で普段着に着替えてから、式見の家にやって来た。
私の家から歩いて二分ほどのところにあるのが、式見の家。
保育園のころはよく遊びに行ってたけど、小学生になってからはほとんど行ったことがない。
なので、本当に久しぶりの式見家だ。
なんだろう。また『ドッキリ』とか仕掛けられないよね。
嘘つかれて〝テスト範囲が変わったよ〟とか言われたりしないよね。
ハッ。実は座布団がブーブークッションで、そこうっかり座った私の動画をネットにあげられるとか。
いやいや、いくらなんでもそこまではしないか……。
なんか最近の式見、優しいしね。
前までは毎日からかってきて〝寝ぐせがついてるよ〟だの〝今ちょっとコケかけたでしょ〟だの〝なんでそんなニヤニヤしてるの?〟だのって!
ニヤニヤなんてしてない。ちょっと楽しいことがあったからニコニコしてただけなのに!
あー、思い出したらなんかムカついてきた。
もう、このまま引き返そうかな。
「あれ、花井?」
「柳原くん」
なんで、式見の家の前に柳原くんがいるの?
遊ぶ約束でもしてたのかな。
「花井も式見に用なのか」
「いや、私は……追試の勉強をしに……」
「ああ、なるほど。俺はちょっと式見に頼み事があってさ」
「頼み事?」
「うん。前々から式見に、兄貴の雑誌に読者モデルとして出てくれないかって頼んでたんだよ。兄貴が式見の見た目に一目惚れしちゃってさ」
そういえば、柳原くんのお兄さんは雑誌のライターさんなんだっけ。
すごいじゃん、式見。まあ、顔だけはイケメンだからなあ。
「でも、式見はそういうのあんまりやりたくないんじゃないかなあ」
「そうなんだよ。花井もそう思うだろ? でも、兄貴って諦め悪いんだよなあ——あっ、そうだ!」
「なになに。何か名案でも出た?」
「代わりに花井が読者モデルにやってくれないか」
なにその、急展開。
どうして私に話題が飛び火してんのっ?
「そんなのぜったい無理だよ。私、ただの一般人なのに」
「いいじゃん、いいじゃん。花井、最近どんどん可愛くなってるしさ。十分、いけるって!」
なんか今、さらっと恥ずかしいこと言われたんですがっ?
柳原くんがそんなふうに思ってくれてたなんて普通に照れちゃうんだけど。
「それに花井が読モやってくれるって言ったら、ぜったいアイツも……」
「アイツって誰のこと」
いつのまにか、家の門の反対側に式見が立っていた。
いつまでたってもインターホンを鳴らさない私たちにしびれを切らして出てきてくれたのかな。
「式見。今、柳原くんが……」
「いいよ。話、だいたい聞こえてたし。家の前で騒がしくしてくれてた人たちのおかげで」
うわあ。全部聞こえてたんだ。
それでちょっと機嫌が悪そうなのかな。
式見、モデルとかぜったい興味ないだろうしね。
「いや、そんなにデカい声だったか? 普通のボリュームだったよな、花井」
わあ、柳原くん。さすが長年の友人だけあって、式見をあしらうのがうまい。
私なんか、すぐにイラってしちゃうのに、大人だなあ。
「話が聞こえてたんなら話が早い。式見がモデルを出来ないって言うんなら、代わりのモデルを兄貴に提案しなくちゃいけないんだよ。そういうわけで花井はどうかなって、兄貴に伝えようと思うんだけど」
「花井がモデルなんてムリでしょ。挙動不審でドジで、追試のテストを受けるようなやつだよ」
さんざんな言われようだなっ。
ドジも、追試も本当のことかもしれないけどさ。
挙動不審は……挙動不審なの、私っ?
「まあまあ、モデルなんてやってみないとわかんないからさ。カメラの前に立てば人格が変わるって言うじゃん。はじめのうちは、ポージングや表情はこっちが指示するしさ」
「そ、そうなの?」
「そうそう。プロのカメラマンに撮ってもらえるんだよ。つまり切り取りのプロ! いつもとは違う自分の表情が見えちゃうかもよ。それに当然、色んな服が切れるしね。花井、最近服に目覚めたっぽいし、ちょうどいいんじゃない。どう? メリットしかないでしょ」
「うーん」
そう言われると、そうなのかもって思えてくる。
というか、柳原くんのプレゼンがうますぎるのかな。
私でもいいのかも、なんて思えてきちゃう。
「じゃ、じゃあ……」
「本気で言ってる?」
「えっ」
「花井がモデルなんかできるわけないじゃん」
式見のキッパリとした否定は、頭に冷水を浴びせられたかのような気分になった。
そりゃそうだよね。私にモデルなんて、世界が違いすぎたよね。
オシャレな服なんて、ほとんど持ってないし。
でも――。
「式見の言う事をきく義理なんて、私にないし」
「はあ? 俺は忠告してやってるんだけど。プロの現場で恥をかかないようにハッキリ言ってやってるんだよ」
「だから、それをきく義理は私にないよねって言ってるの。勝手に忠告でも何でも、一人で言ってれば?」
そう吐き捨てるように言うと、私は一人でさっさと家に帰ってきてしまった。
だって、こんな気分のまま式見の家で勉強なんてできるわけがない。
その夜、ベッドの上でボーっと〝式見と柳くんはどうしたかな〟なんて考える。
本当に私がモデルをやるのかな、と思う。
式見の言うことは正論だった。私みたいな落ち着きのないやつがプロの現場でモデルなんて、非現実的すぎる。夢のなかのお話しだよ。
でも、あの時は式見にただただ反発したくて。
あんたの思い通りになんてなるわけないって、言ってやりたかった。
私はただ、自分がかっこよくモデルをやれてる姿を見せつけて、式見に〝お前もやればできるんじゃん〟って言ってもらいたかったんだ。
「あー! ばかだなー! 私って」
今さら、後悔してる。
ここで本当のモデルさんだったら、へこたれずに前だけ見てるんだろうけど。
私は無理。
だって、私は生まれながらの一般人なんだもん。
――ブブブブブ。
スマホのバイブが、机の上で鳴っている。
ラインだ。
「柳原くんから……」
【今日はおつかれ。
モデル、本当にいいんだよな。
兄貴には言っておいた。
とりあえず、まずは現場に来てほしいって。
それから、継続してもらうか決めるらしい。
今度の日曜の朝十時。
駅前の時計台に集合でいいかな。
あと……】
その後が空行になっている。
二回スクロールすると、続きが書いてあった。
【式見もついてくるってさ。
思った通りだったわ。
そんじゃあ、当日はよろしくな】
たった三行、そう書かれていた。
私は初めて、目ん玉が飛び出しそうな感覚を覚えた。
これが漫画だったら、確実に飛び出してたな。
「なんっなの、あいつううううう」
もう、式見のことが分からないよ。
今度の日曜日、どんな顔して式見になったらいいのかな。
待って。そんなに悩む必要なんてある?
式見が悪いんだもん。
私は、たぶん悪くない。
それに、そうだよ!
いつも私をバカにする式見を見返すチャンスじゃん!
きっちりとモデルをやりとげて、式見をあっと言わせてやる。
そうとなったら、特訓だ!
私はさっそく動画サイトを開き、【モデルのポージングを完璧に伝授する!】と書かれたサムネイルをタップした。
私の家から歩いて二分ほどのところにあるのが、式見の家。
保育園のころはよく遊びに行ってたけど、小学生になってからはほとんど行ったことがない。
なので、本当に久しぶりの式見家だ。
なんだろう。また『ドッキリ』とか仕掛けられないよね。
嘘つかれて〝テスト範囲が変わったよ〟とか言われたりしないよね。
ハッ。実は座布団がブーブークッションで、そこうっかり座った私の動画をネットにあげられるとか。
いやいや、いくらなんでもそこまではしないか……。
なんか最近の式見、優しいしね。
前までは毎日からかってきて〝寝ぐせがついてるよ〟だの〝今ちょっとコケかけたでしょ〟だの〝なんでそんなニヤニヤしてるの?〟だのって!
ニヤニヤなんてしてない。ちょっと楽しいことがあったからニコニコしてただけなのに!
あー、思い出したらなんかムカついてきた。
もう、このまま引き返そうかな。
「あれ、花井?」
「柳原くん」
なんで、式見の家の前に柳原くんがいるの?
遊ぶ約束でもしてたのかな。
「花井も式見に用なのか」
「いや、私は……追試の勉強をしに……」
「ああ、なるほど。俺はちょっと式見に頼み事があってさ」
「頼み事?」
「うん。前々から式見に、兄貴の雑誌に読者モデルとして出てくれないかって頼んでたんだよ。兄貴が式見の見た目に一目惚れしちゃってさ」
そういえば、柳原くんのお兄さんは雑誌のライターさんなんだっけ。
すごいじゃん、式見。まあ、顔だけはイケメンだからなあ。
「でも、式見はそういうのあんまりやりたくないんじゃないかなあ」
「そうなんだよ。花井もそう思うだろ? でも、兄貴って諦め悪いんだよなあ——あっ、そうだ!」
「なになに。何か名案でも出た?」
「代わりに花井が読者モデルにやってくれないか」
なにその、急展開。
どうして私に話題が飛び火してんのっ?
「そんなのぜったい無理だよ。私、ただの一般人なのに」
「いいじゃん、いいじゃん。花井、最近どんどん可愛くなってるしさ。十分、いけるって!」
なんか今、さらっと恥ずかしいこと言われたんですがっ?
柳原くんがそんなふうに思ってくれてたなんて普通に照れちゃうんだけど。
「それに花井が読モやってくれるって言ったら、ぜったいアイツも……」
「アイツって誰のこと」
いつのまにか、家の門の反対側に式見が立っていた。
いつまでたってもインターホンを鳴らさない私たちにしびれを切らして出てきてくれたのかな。
「式見。今、柳原くんが……」
「いいよ。話、だいたい聞こえてたし。家の前で騒がしくしてくれてた人たちのおかげで」
うわあ。全部聞こえてたんだ。
それでちょっと機嫌が悪そうなのかな。
式見、モデルとかぜったい興味ないだろうしね。
「いや、そんなにデカい声だったか? 普通のボリュームだったよな、花井」
わあ、柳原くん。さすが長年の友人だけあって、式見をあしらうのがうまい。
私なんか、すぐにイラってしちゃうのに、大人だなあ。
「話が聞こえてたんなら話が早い。式見がモデルを出来ないって言うんなら、代わりのモデルを兄貴に提案しなくちゃいけないんだよ。そういうわけで花井はどうかなって、兄貴に伝えようと思うんだけど」
「花井がモデルなんてムリでしょ。挙動不審でドジで、追試のテストを受けるようなやつだよ」
さんざんな言われようだなっ。
ドジも、追試も本当のことかもしれないけどさ。
挙動不審は……挙動不審なの、私っ?
「まあまあ、モデルなんてやってみないとわかんないからさ。カメラの前に立てば人格が変わるって言うじゃん。はじめのうちは、ポージングや表情はこっちが指示するしさ」
「そ、そうなの?」
「そうそう。プロのカメラマンに撮ってもらえるんだよ。つまり切り取りのプロ! いつもとは違う自分の表情が見えちゃうかもよ。それに当然、色んな服が切れるしね。花井、最近服に目覚めたっぽいし、ちょうどいいんじゃない。どう? メリットしかないでしょ」
「うーん」
そう言われると、そうなのかもって思えてくる。
というか、柳原くんのプレゼンがうますぎるのかな。
私でもいいのかも、なんて思えてきちゃう。
「じゃ、じゃあ……」
「本気で言ってる?」
「えっ」
「花井がモデルなんかできるわけないじゃん」
式見のキッパリとした否定は、頭に冷水を浴びせられたかのような気分になった。
そりゃそうだよね。私にモデルなんて、世界が違いすぎたよね。
オシャレな服なんて、ほとんど持ってないし。
でも――。
「式見の言う事をきく義理なんて、私にないし」
「はあ? 俺は忠告してやってるんだけど。プロの現場で恥をかかないようにハッキリ言ってやってるんだよ」
「だから、それをきく義理は私にないよねって言ってるの。勝手に忠告でも何でも、一人で言ってれば?」
そう吐き捨てるように言うと、私は一人でさっさと家に帰ってきてしまった。
だって、こんな気分のまま式見の家で勉強なんてできるわけがない。
その夜、ベッドの上でボーっと〝式見と柳くんはどうしたかな〟なんて考える。
本当に私がモデルをやるのかな、と思う。
式見の言うことは正論だった。私みたいな落ち着きのないやつがプロの現場でモデルなんて、非現実的すぎる。夢のなかのお話しだよ。
でも、あの時は式見にただただ反発したくて。
あんたの思い通りになんてなるわけないって、言ってやりたかった。
私はただ、自分がかっこよくモデルをやれてる姿を見せつけて、式見に〝お前もやればできるんじゃん〟って言ってもらいたかったんだ。
「あー! ばかだなー! 私って」
今さら、後悔してる。
ここで本当のモデルさんだったら、へこたれずに前だけ見てるんだろうけど。
私は無理。
だって、私は生まれながらの一般人なんだもん。
――ブブブブブ。
スマホのバイブが、机の上で鳴っている。
ラインだ。
「柳原くんから……」
【今日はおつかれ。
モデル、本当にいいんだよな。
兄貴には言っておいた。
とりあえず、まずは現場に来てほしいって。
それから、継続してもらうか決めるらしい。
今度の日曜の朝十時。
駅前の時計台に集合でいいかな。
あと……】
その後が空行になっている。
二回スクロールすると、続きが書いてあった。
【式見もついてくるってさ。
思った通りだったわ。
そんじゃあ、当日はよろしくな】
たった三行、そう書かれていた。
私は初めて、目ん玉が飛び出しそうな感覚を覚えた。
これが漫画だったら、確実に飛び出してたな。
「なんっなの、あいつううううう」
もう、式見のことが分からないよ。
今度の日曜日、どんな顔して式見になったらいいのかな。
待って。そんなに悩む必要なんてある?
式見が悪いんだもん。
私は、たぶん悪くない。
それに、そうだよ!
いつも私をバカにする式見を見返すチャンスじゃん!
きっちりとモデルをやりとげて、式見をあっと言わせてやる。
そうとなったら、特訓だ!
私はさっそく動画サイトを開き、【モデルのポージングを完璧に伝授する!】と書かれたサムネイルをタップした。



