イジワル幼なじみが「友達だからいいでしょ?」っていいながら、めちゃくちゃ溺愛してくるんですけど!?

 映画はとにかく面白かった。
 私の好きな、ファンタジー映画だったから。
「昔の技術をふんだんに使った、CGをほとんど使っていない手作り感のあるセットがたまらくてね……」
「うんうん」
 服屋に行く前のランチタイム。
 近くのパスタ専門店。私は、たらこといくらのスープパスタ。式見は大葉と納豆の和風パスタを食べつつ、映画の感想を言い合う。
 ってまあ、私が一方的にしゃべってるだけなんだけど。こういうとき、式見は黙って聞いてくれるんだよね。ふだんの毒舌っぷりからは想像もつかないでしょ。
「でね、あの技術は当時では最新式のものだったらしいの。でも、例の池のシーンあったでしょ? あそこだけは超アナログ! 池のワニと対峙するところ。あれはハリボテのワニを俳優は抱きしめて、おそわれている風に見せかけているだけ。なのに、あの緊張感! 俳優の演技が光る名シーンなのっ。まあ、ほとんどお父さんの受け売りなんだけどさ。でもこういう情報を知ってると、映画の良さがまたより引き立ってますますのめり込んで見返したりしちゃうんだ。面白いよねえ」
「百里。冷めるよ、食べないと」
「ああ、そうだった。ごめんね、私ばっかり」
「ううん。……こういうときは、笑ってくれるからね。百里は」
「え? 何か言った?」
「……別に」
 フォークでパスタ麺をからめとっていく。
 私はまだ半分もいってないのに、式見の皿はほとんどなくなっている。
 そういえば、ずっと映画の感想言ってて、パスタをつついた記憶がほとんどない。
「スープパスタのスープがぬるくなってる」
「ずっとしゃべってたもんね」
 ひょうひょうと言う式見は水を飲み干し、手を合わせた。
 食べ終えたようだ。
「ごめん。食べ終わっちゃったね」
「ゆっくり食べれば。待ってるから」
 そう言って、頬杖をつく式見。
 スマホでも見ればいいのに。
「見られてると食べづらいんだけど」
「別に見てないけど。することがないから、前見てるだけだし」
「式見の映画の感想は? 聞いてない」
「いや、ほとんど百里がしゃべったことと一緒だけど」
「他の人の感想も聞きたい。一緒でもいいから」
「ええ……そういうもんなのか」
 嫌そうにしながらも、考え出す式見。
「そうだなあ。中盤の、めっちゃ強いイナンカが主人公に負けて地面のアリを数えだしたのは面白かったな。結局、イナンカがラスボスだったけど、アリが終盤の伏線だったのもすごいなって思ったし」
「そうそう。すごかったよね。アリがエンドロールでああなってたのもサプライズ感あったし!」
 ――ブブブ……ブブブ……
 スマホの振動がカバンから聞こえた。電話だ。
「あ、ごめん」
 言いながら画面を見ると、そこには『柳原くん』の文字。
「誰」
「柳原くんだ。どうしたんだろう」
 とたん、式見は嫌そうな顔をする。
 とりあえず、電話に出て「はい」と言うとスピーカーの向こうから焦った声が聞こえてきた。
『ああ、花井? ちょっと助けてほしいんだけど』
「どうかした」
『うん。あのさ俺の兄貴、十個くらい年離れてるじゃん』
 そう言えば、柳原くんのお兄さん。私たちが年少のころにはもう中学生だったっけ。
『その兄貴なんだけど。今、出版社でライターやっててさ。俺らくらいの年代の女子が読むような雑誌の記事を書いてるんだよ。んで今、十代の女子からアンケート取っててさ。とにかく数集めたいらしいから俺もかりだされちゃったんだよ。つうわけで、花井にも協力してほしいんだけど』
「なんだ。そんなことならお安い御用だよ」
『じゃあ、今から時間いい?』
 チラッと式見の方を見ると、気を使ってくれたのかスマホを見ていた。
「いいよ」
『オッケー。じゃあ、いくから』
 スピーカーの向こうから、ガサガサと紙のこすれる音がする。アンケートが書かれたメモかな。一体、何を聞かれるんだろう。
『質問です。あなたは、どんな恋愛をしたい?』
「えっ……!」
 なるほど。確かにこういうアンケートみたいなやつ、本屋の雑誌で立ち読みしたことあるかも。
 こういうふうに雑誌は作られてるんだね。
 でも〝どんな恋愛をしたい〟なんて聞かれても。
「あの私、恋愛とかしたことなくて」
『想像でいいよ。イメージで。ただのアンケートだからさ』
「ええ……」
 思わずチラッと式見を見てしまう。
 しかし、式見はさっきと変わらない姿勢でスマホを見ている。
 さっきは見ろと言っても見なかったくせに。
「うーん。素敵な恋愛かなあ」
『具体的にない? どんなふうに告白されたいとか。デートはどこどこがいいとか』
「デートは映画館とかかな」
 今、行ったばっかりだしね。
『デート服は理想ある? スカートよりもパンツスタイルとか』
「ふ、服のことはよくわかんないんだよ。知ってるでしょ」
『ああ、そうだよな。ごめんごめん。でも好きな色とかはあるだろ?』
「色は……水色とかグリーン系かな」
『そうなんだ。寒色系が好きなんだ』
「うん。昔からね。持ってるものはそれ系の色が多いかな」
 質問に答えるの、ちょっと楽しくなってきたかも。
 私、雑誌の診断テストとかも、ついやっちゃうんだよね。
『制服デートとかしてみたい?』
「いや、それはいいかな」
『あなたは彼氏に合わせるタイプ?』
「ううん、合わせません。そんなことできない」
『じゃあ、これが最後の質問! あなたはズバリ、今恋をしてますか?』
「いえ……」
 言いかけて、何故か口が止まってしまった。
 〝恋をしてますか。〟そう聞かれただけなのに。
 いいえ、と答えるべきなのに。
 何で、言葉が出てこないんだろう。
「百里」
「え……」
「電話、終わったの」
 私が黙っているからか、式見が声をかけてきた。
 ジッと、こちらを見つめて。
「終わってないけど……」
「じゃあ、質問に答えないと。柳原が待ってるじゃん」
「あ、うん……」
 電話越しじゃ、じっくり考えることも出来ない。
 でも、こういうのはパッパと答えないと。
 そうだよ。ただのアンケートなんだし。
「えっと、してないと思う……」
『と、思うってどういうこと?』
 電話の向こうで『クスクス』と笑う声が聞こえる。
 そうだよね。私もなんでこんな曖昧な答えを出したのかわかんないよ。
『まあ、いいや。このこたえは【はい・いいえ】じゃなくて【その他】にするよ。少数派の答えだな』
「そうなるのか。ごめんね。変な答え出しちゃって」
『なんでそうなったのかわかんないけど、とにかく助かったよ。サンキュー、花井。じゃあ、また学校でな』
「うん、ばいばい」
 電話を切った。
 スープパスタは完全に冷めきってしまっていた。
 式見はまだジーッとこっちを見ている。
「あの、何かな」
「百里の好きな人って、誰?」
「だから、そんな人いないって」
「じゃあ、なんて今あんな答え出したの。恋をしてない人間なら〝してない〟って答えるよね」
「わかんないけど、ああいう答えになっちゃったからしょうがないじゃん」
「百里。ハッキリ言うけどさ」
 そう言って、式見は身を乗り出し、私の目をのぞきこんできた。
「百里は今誰かに恋をしてるけど、自分で自覚してないんだよ。本能では、誰かに恋をしてるはわかってる。でも自覚できてないから、ああいう答えになったんだよ」