日曜日朝の九時。すでにお父さんもお母さんも家にいない。
私はベッドの上でごろんと寝返りをうった。
いい加減、そろそろ起きないといけない。
まだパジャマだし。
——ピンポーン。
インターホンが鳴った。嘘。誰なの。
まだパジャマなのに!
私は急いでパジャマを脱いで、すぐ着れるワンピースを被った。
髪を手ぐしで整えて、インターホンのモニターを見た。
そこに映っていたのは……。
「し、式見っ?」
モニターには涼しげな顔をした式見が立っていた。
白いTシャツに、ブラウンの薄手のカーディガン、黒スキニー。
銀杏寺に行った時も思ってたけど、式見の普段コーデは柳原くんとは違った大人っぽいコーデだ。
いつも学校で見るような意地悪な印象とのギャップで、ドキドキしてしまう。
「何でいるの?」
どうしよう。出ないとおかしいよね。
たぶん私が家にいること気づいてるし。
でも今、外に出られるぎりぎり最低限の格好しかしてない。
こんな格好で式見に会えないよ!
「おーい、百里ってば」
——ピンポン、ピンポン、ピンポン。
こら、近所めいわくになる!
インターホンは楽器じゃないっての。
私は仕方なくドアを開けた。
見ると、そこには式見がふてくされた顔をして立っていた。
「いるのわかってんだからね。なんですぐに出てこないの」
「私はあんたがインターホンをめちゃくちゃに押すから出てきただけ。本当は出たくなかったんだからね」
「なんで出たくないの?」
式見はムッとしながら、ジッと私を見つめてくる。
そんなに真剣に見てこないでほしい。
顔がいいから、ほだされてしまう。自分勝手な奴なのに、何でも許したくなっちゃう。
クラスメイトの女子が「式見くんだったら、ワガママ言われても許しちゃうよね」なんて言ってたけど、私だけはそんなふうにならないんだからね。
「ねえ、百里」
眉間にしわをよせている式見。待って、なんか不機嫌そうじゃない。
嘘がばれたか。だってまだ、メイクもしてないしね。
服装もこんな部屋着のワンピースだし。
「百里さ……」
「ご、ごめん。まだメイクもしてないしね。そうなの、準備終わってなくて」
「ん、何の話」
ぽかんとする、式見。
「出かける準備、まだしてないんだ。柳原くんとの待ち合わせは十二時だから」
「あっそ。じゃあ、さっさとすれば」
言い捨てるように言う、式見。
小さいころから変わらない〝一瞬にしてどうでもよくなった〟ときの式見のクセ。
そう言えば、何か言いかけてたな。知らないけど。
こちとら、親のいない休日を満喫していたところなんだからね。
「そういうわけだから、これにてさようなら」
「いや、お茶くらいだしなよ。せっかく来たんだから」
「は、はあっ?」
「いいでしょ。保育園のときは出してくれたじゃん。ぬるい麦茶」
「ぬるくて悪かったなっ」
「はい、そういうわけで。おじゃまします」
ずかずかと家に乗り込んでくる式見。
さっきの話聞いてなかったの。
私今から出かける予定なんだけど。いや、設定上だけど。
「式見。私、今から準備するんだけど」
「すれば? 俺は、ユーチューブでも見てるから」
「はいはい」
式見は勝手知ったるようすでソファに座り、スマホのアプリで動画サイトを見始めた。
私は仕方なく出かけるあてもないのに準備をし始める。
二階の自分の部屋で、服を選ぶ。
でも下に式見がいるのかと思うと、いつものようにスパッと決められない。
式見の普段コーデから察するに、シンプルな感じが好きっぽいかんじだけど。
「シンプルが一番むずかしいんだよなあ」
あわててスマホで『女子 コーデ シンプル』で検索をかける。
すると、出てはくるものの自分のタンスにある服ではまかなえそうにない。
「ああ、終わった」
今、式見の前に出て問題なさそうな服が見当たらない。
この間の銀杏寺コーデはレンタルだからもう送り返しちゃったし。
シンプル、シンプル、シンプル。
とにかく清水の舞台から飛び降りる気持ちで、自分のなかでまともそうな服をつかんで着替えた。
おでかけコーデ、ひとまず完成。
あとはメイク。これも相変わらず動画を見ながらの作業。ひいひい言いながら、完成。
時計を見ると、式見が家に来てから二時間が経過していた。
「うっそ。いつの間に?」
もう十一時だ。あせって、夢中になってて、全然気づかなかったよ。
嘘の〝柳原くんとの待ち合わせ〟時間は十二時だからセーフだけど。
いくらなんでも式見のこと、ほったらかしにし過ぎだよね。
あきれて、帰っちゃったかもしれない。
私は急いで一階に降りて、式見のいるリビングをのぞいた。
「し、しきみ……?」
「百里。準備、終わったの」
式見はソファから、こっちをふり向いた。
でも、ユーチューブを見てくつろいでる感じじゃない。
「ごめん。二時間も。待たせたよね」
「……いや、なんで? 俺が勝手に来て、勝手にくつろいでただけだよ」
「で、でも……。何してた? ずっと」
「……別に、何もしてない」
何か、ようすが変だな。いつもの軽口が出てこないなんて。
あれ。ソファの前のテーブルに、何か置いてある。
「これ、どしたの?」
そこにはコンビニで買ったようなチルドカップのカフェオレやお菓子が置いてあった。
「何って、百里があまりにも準備が終わらないから、買ってきたんだけど」
「えっ。わざわざ買ってきてくれたの」
「お茶用意してって言ったのに、してくれなかったから」
とか言いながら、私が好きなメーカーのカフェオレや、チョコレートを用意してくれてるところがすごい。
やっぱり長い付き合いだけあって、わかってくれてる。
私はつい嬉しくなって、式見の向かいのソファに座った。
「あっ、これ。新商品? このチョコのイチゴミルク味、見たことない」
「好きなんでしょ、どうせ。イチゴミルク味」
「好き好き。わかってんじゃん、式見。さすがだね」
「ふうん。こういう時だけ褒めてくれるんだ。友達の扱いがうまいね」
「また、そんなこと言ってさ。そういう毒舌を言うから、彼女ができても長続きしないんだよ」
さっそく、チョコの箱を開け「いただきます」と言いながらパクリと食べた。
イチゴミルクの甘い味が口の中に広がる。
「は? 彼女なんていたことないけど」
「えっ。何言ってんの。あんなにモテるのに、いなかったワケないじゃん」
式見が目を丸くして言うので、私も首を傾げてしまう。
「勝手な妄想で語らないでくれる。いたことない」
「だって、いつも告白されてるじゃん」
「全部断ってるけど。好きじゃないから」
「うわ。ざんこく」
「好きでもないのに付き合う方が残酷でしょ」
まあ、それは式見の言う通りかもね。私もそんなことされたらムッとするかもしれない。
「でも、告白した本人からしたら、それでもいいから付き合ってほしかったかもよ。付き合ってるうちに、好きになるかもしれないじゃん」
「百里はどうなの」
「私?」
「好きでもないのに付き合えるの? 付き合ってるうちに、好きになれるの?」
式見はその涼し気な目を細め、真っすぐに私を見つめる。
それが何だか、いつもの式見じゃないみたいで。
私よりもずっと大人で、ずっとずっといろんなことを考えているような。
そんな、色んな思いがつまっているような視線。
これに、私はなんて答えたらいいの?
だって私、恋なんてしたことないのに。
迷いに迷って、ずっと黙っている私に、式見は「はあっ」と重い息を吐いた。
「百里って、ほんと子どもだよね」
これは、式見が私によく言うセリフ。
小学生のころから言い出して、今では私限定の口癖みたいになってる。
式見と距離を置いていたのは、これを言われるのが嫌だったのも理由の一つ。
「あのさ、それ言うのホント止めて。むかつく」
「じゃあ、答えてよ。さっきの質問の答え、早く言ってよ」
「わかんないよ。恋なんて、したことないの。知ってるでしょ」
「知ってるよ。じゃあ、すればいいじゃん」
「そう簡単にできたら苦労しないもん」
ああ、今の言葉。本当に子どもっぽかったな。
でもさ、彼女いたことないんだったら、式見も恋をしたことがないってことだよね。何だよ、私といっしょなんじゃん。
あんなにモテるんなら恋のひとつもすりゃあよかったんじゃないの。
「それじゃあ、百里さ……あの」
「じゃあさ、式見。私と予行練習しようよ」
「は……はあ?」
わあ。こんなにマヌケな式見の顔、久しぶりに見たかも。
いつもは余裕そうにすました顔してるもんね。
「何言ってんの。予行練習って、何なの」
「お互いに付き合ったていにして、恋とかデートとかもろもろの練習相手になるってこと。ほら、私も出かける準備できたしね。あっ、いやこれはその……」
「ああ、柳原と出かけるって話が嘘なのは、とっくに知ってたよ。だから、こうしてくつろいでたんじゃん。嘘って知ってたから」
「あっ、そっそうなんだ……」
だったら、はじめっから言ってよ!
やっぱりイジワルだ、こいつはー!
私はベッドの上でごろんと寝返りをうった。
いい加減、そろそろ起きないといけない。
まだパジャマだし。
——ピンポーン。
インターホンが鳴った。嘘。誰なの。
まだパジャマなのに!
私は急いでパジャマを脱いで、すぐ着れるワンピースを被った。
髪を手ぐしで整えて、インターホンのモニターを見た。
そこに映っていたのは……。
「し、式見っ?」
モニターには涼しげな顔をした式見が立っていた。
白いTシャツに、ブラウンの薄手のカーディガン、黒スキニー。
銀杏寺に行った時も思ってたけど、式見の普段コーデは柳原くんとは違った大人っぽいコーデだ。
いつも学校で見るような意地悪な印象とのギャップで、ドキドキしてしまう。
「何でいるの?」
どうしよう。出ないとおかしいよね。
たぶん私が家にいること気づいてるし。
でも今、外に出られるぎりぎり最低限の格好しかしてない。
こんな格好で式見に会えないよ!
「おーい、百里ってば」
——ピンポン、ピンポン、ピンポン。
こら、近所めいわくになる!
インターホンは楽器じゃないっての。
私は仕方なくドアを開けた。
見ると、そこには式見がふてくされた顔をして立っていた。
「いるのわかってんだからね。なんですぐに出てこないの」
「私はあんたがインターホンをめちゃくちゃに押すから出てきただけ。本当は出たくなかったんだからね」
「なんで出たくないの?」
式見はムッとしながら、ジッと私を見つめてくる。
そんなに真剣に見てこないでほしい。
顔がいいから、ほだされてしまう。自分勝手な奴なのに、何でも許したくなっちゃう。
クラスメイトの女子が「式見くんだったら、ワガママ言われても許しちゃうよね」なんて言ってたけど、私だけはそんなふうにならないんだからね。
「ねえ、百里」
眉間にしわをよせている式見。待って、なんか不機嫌そうじゃない。
嘘がばれたか。だってまだ、メイクもしてないしね。
服装もこんな部屋着のワンピースだし。
「百里さ……」
「ご、ごめん。まだメイクもしてないしね。そうなの、準備終わってなくて」
「ん、何の話」
ぽかんとする、式見。
「出かける準備、まだしてないんだ。柳原くんとの待ち合わせは十二時だから」
「あっそ。じゃあ、さっさとすれば」
言い捨てるように言う、式見。
小さいころから変わらない〝一瞬にしてどうでもよくなった〟ときの式見のクセ。
そう言えば、何か言いかけてたな。知らないけど。
こちとら、親のいない休日を満喫していたところなんだからね。
「そういうわけだから、これにてさようなら」
「いや、お茶くらいだしなよ。せっかく来たんだから」
「は、はあっ?」
「いいでしょ。保育園のときは出してくれたじゃん。ぬるい麦茶」
「ぬるくて悪かったなっ」
「はい、そういうわけで。おじゃまします」
ずかずかと家に乗り込んでくる式見。
さっきの話聞いてなかったの。
私今から出かける予定なんだけど。いや、設定上だけど。
「式見。私、今から準備するんだけど」
「すれば? 俺は、ユーチューブでも見てるから」
「はいはい」
式見は勝手知ったるようすでソファに座り、スマホのアプリで動画サイトを見始めた。
私は仕方なく出かけるあてもないのに準備をし始める。
二階の自分の部屋で、服を選ぶ。
でも下に式見がいるのかと思うと、いつものようにスパッと決められない。
式見の普段コーデから察するに、シンプルな感じが好きっぽいかんじだけど。
「シンプルが一番むずかしいんだよなあ」
あわててスマホで『女子 コーデ シンプル』で検索をかける。
すると、出てはくるものの自分のタンスにある服ではまかなえそうにない。
「ああ、終わった」
今、式見の前に出て問題なさそうな服が見当たらない。
この間の銀杏寺コーデはレンタルだからもう送り返しちゃったし。
シンプル、シンプル、シンプル。
とにかく清水の舞台から飛び降りる気持ちで、自分のなかでまともそうな服をつかんで着替えた。
おでかけコーデ、ひとまず完成。
あとはメイク。これも相変わらず動画を見ながらの作業。ひいひい言いながら、完成。
時計を見ると、式見が家に来てから二時間が経過していた。
「うっそ。いつの間に?」
もう十一時だ。あせって、夢中になってて、全然気づかなかったよ。
嘘の〝柳原くんとの待ち合わせ〟時間は十二時だからセーフだけど。
いくらなんでも式見のこと、ほったらかしにし過ぎだよね。
あきれて、帰っちゃったかもしれない。
私は急いで一階に降りて、式見のいるリビングをのぞいた。
「し、しきみ……?」
「百里。準備、終わったの」
式見はソファから、こっちをふり向いた。
でも、ユーチューブを見てくつろいでる感じじゃない。
「ごめん。二時間も。待たせたよね」
「……いや、なんで? 俺が勝手に来て、勝手にくつろいでただけだよ」
「で、でも……。何してた? ずっと」
「……別に、何もしてない」
何か、ようすが変だな。いつもの軽口が出てこないなんて。
あれ。ソファの前のテーブルに、何か置いてある。
「これ、どしたの?」
そこにはコンビニで買ったようなチルドカップのカフェオレやお菓子が置いてあった。
「何って、百里があまりにも準備が終わらないから、買ってきたんだけど」
「えっ。わざわざ買ってきてくれたの」
「お茶用意してって言ったのに、してくれなかったから」
とか言いながら、私が好きなメーカーのカフェオレや、チョコレートを用意してくれてるところがすごい。
やっぱり長い付き合いだけあって、わかってくれてる。
私はつい嬉しくなって、式見の向かいのソファに座った。
「あっ、これ。新商品? このチョコのイチゴミルク味、見たことない」
「好きなんでしょ、どうせ。イチゴミルク味」
「好き好き。わかってんじゃん、式見。さすがだね」
「ふうん。こういう時だけ褒めてくれるんだ。友達の扱いがうまいね」
「また、そんなこと言ってさ。そういう毒舌を言うから、彼女ができても長続きしないんだよ」
さっそく、チョコの箱を開け「いただきます」と言いながらパクリと食べた。
イチゴミルクの甘い味が口の中に広がる。
「は? 彼女なんていたことないけど」
「えっ。何言ってんの。あんなにモテるのに、いなかったワケないじゃん」
式見が目を丸くして言うので、私も首を傾げてしまう。
「勝手な妄想で語らないでくれる。いたことない」
「だって、いつも告白されてるじゃん」
「全部断ってるけど。好きじゃないから」
「うわ。ざんこく」
「好きでもないのに付き合う方が残酷でしょ」
まあ、それは式見の言う通りかもね。私もそんなことされたらムッとするかもしれない。
「でも、告白した本人からしたら、それでもいいから付き合ってほしかったかもよ。付き合ってるうちに、好きになるかもしれないじゃん」
「百里はどうなの」
「私?」
「好きでもないのに付き合えるの? 付き合ってるうちに、好きになれるの?」
式見はその涼し気な目を細め、真っすぐに私を見つめる。
それが何だか、いつもの式見じゃないみたいで。
私よりもずっと大人で、ずっとずっといろんなことを考えているような。
そんな、色んな思いがつまっているような視線。
これに、私はなんて答えたらいいの?
だって私、恋なんてしたことないのに。
迷いに迷って、ずっと黙っている私に、式見は「はあっ」と重い息を吐いた。
「百里って、ほんと子どもだよね」
これは、式見が私によく言うセリフ。
小学生のころから言い出して、今では私限定の口癖みたいになってる。
式見と距離を置いていたのは、これを言われるのが嫌だったのも理由の一つ。
「あのさ、それ言うのホント止めて。むかつく」
「じゃあ、答えてよ。さっきの質問の答え、早く言ってよ」
「わかんないよ。恋なんて、したことないの。知ってるでしょ」
「知ってるよ。じゃあ、すればいいじゃん」
「そう簡単にできたら苦労しないもん」
ああ、今の言葉。本当に子どもっぽかったな。
でもさ、彼女いたことないんだったら、式見も恋をしたことがないってことだよね。何だよ、私といっしょなんじゃん。
あんなにモテるんなら恋のひとつもすりゃあよかったんじゃないの。
「それじゃあ、百里さ……あの」
「じゃあさ、式見。私と予行練習しようよ」
「は……はあ?」
わあ。こんなにマヌケな式見の顔、久しぶりに見たかも。
いつもは余裕そうにすました顔してるもんね。
「何言ってんの。予行練習って、何なの」
「お互いに付き合ったていにして、恋とかデートとかもろもろの練習相手になるってこと。ほら、私も出かける準備できたしね。あっ、いやこれはその……」
「ああ、柳原と出かけるって話が嘘なのは、とっくに知ってたよ。だから、こうしてくつろいでたんじゃん。嘘って知ってたから」
「あっ、そっそうなんだ……」
だったら、はじめっから言ってよ!
やっぱりイジワルだ、こいつはー!



