雨と妖精に導かれて ──御曹司CEOからの溺愛ラビリンス

 5月12日。
  ちょうど一年前、羽田空港の雨の夜に出会ったあの日から、ぴったりと一年。
 北海道・美瑛の丘は、初夏の光に満ちあふれ、風に揺れる花々がカラフルな波となって広がっていた。
  ルピナス、ネモフィラ、ポピー、ラベンダー……その色彩は、まるで誰かの“心のスケッチブック”がそのまま地面に映し出されたようだった。
 「……ねえ、見て」
 美里の声に、泰雅が抱き上げていた赤ん坊・光希の視線がそちらに向く。
  まだ言葉を話せないその瞳が、まっすぐに青空を見つめている。
 空には雲ひとつなく、深い藍色に近いほどの青。
 そして、その空の中に、ふわりと“絵のようなかたち”が現れた。
 「……え?」
 美里が小さく息を呑んだその先。
  空に浮かんでいたのは、クレヨンで描かれたような、手描きの家、緑の木々、笑顔の家族──そして、妖精たちが舞う花畑だった。
 「……これ、光希が、今朝描いてた絵……?」
 スケッチブックのページと、空の模様が重なっていた。



 空に浮かぶ絵は、まるで命を持ったかのように揺れながら、風に合わせて少しずつ広がっていく。
  そこには、光希が描いた“家族”がいた。
  手を繋いだ父と母、その間に笑う小さな子ども。
  そして、空を舞う妖精たちと、それを見守るように咲く色とりどりの花。
 「これが……」
 泰雅は、抱き上げていた光希をそっと美里の腕に渡し、三人並んで花畑の中に立った。
  光の粒が、風とともにふたりの髪に触れる。
 「アキの力と、光希の想い、そして……あなたの優しさが、きっとこの空を描いてくれたのね」
 美里は涙を浮かべながら、空を見上げる。
  その隣で泰雅も、同じように視線を空へと向ける。
 「……あの雨の夜、君に出会えたことが、すべての始まりだった。
  君が笑ってくれた日々が、俺の“心をつなぐ鍵”になった」
 光希が小さな手を空へ伸ばす。
  その指先に、一粒の光が舞い降りる。
 《おめでとう。君たちの“物語”は、ここで終わらない。》
 妖精たちの声が、風に溶けるように響いた。
 《“未来”は、描けば広がる。信じれば、浮かび上がる。》
 その瞬間、空に映った絵が光に包まれ、ひときわ大きく輝いた。
  まるで、空全体が“祝福のキャンバス”になったかのように。
 「美里、君と出会えてよかった。……これからも、ずっと描いていこう。家族の物語を、未来の絵を」
 「ええ。光希と一緒に、ずっと──」
 三人が肩を寄せ合い、花畑の中心で見上げたその空には、確かにあった。
  “描いた絵が現実になる”という、奇跡ではなく、愛の証が。
 それは、永遠に続く家族の物語の、はじまりのページだった。
 【第40章『描いた絵が現実になる未来』 終】