「ただいま」 

 
 小さく呟いた私の声は、誰にも届かないし、誰も答えない。当たり前だ。

 だって、この家には今、誰もいないのだから。
 家族の出かけた人気のない家は少し寂しいが、今日は逆にちょうどいいのかもしれない。
 

 泣いたことで腫れてしまった目元も、赤くなった鼻も、人には見られたくない。
 
 
 私は、現実から逃げるように階段を駆け上がり、勢いよく自分の部屋に飛び込んだ。

 勉強机の横にある、小さな棚をゆっくり開けば、見慣れた薄紫の封筒が、思い出ボックスと化した引き出しの1番上に置かれていた。

 

 何度も剥がしたシールを、破らないように注意してまた剥がす。

 角の合ってない、少し雑に折り畳まれた便箋を取り出して、そっと開いた。


 

 無駄に綺麗で丁寧に書かれた文字。かつて毎日欠かさず話せていた頃、君がくれた手紙だ。


 これを書いてくれてた時は、君はまだ私のことを見てくれていたのだろうか。


 私のこと、少しくらいは好きだった?
 君の言葉通り、少しは親友だと思ってくれてた?

 
 ……なんて、今さら考えても意味ないのに。
 私は、大きなため息をついて、次の一文に目を向ける。