「これ。あなたのですか?」
ごつごつした手。スーツを着た会社員であろう男の人。差し出されたのはハンカチ。
首を振る。反射的に動いてしまった。怖いから。
男の人が去ってからポケットを確認する。
ない。
私の、だ。
その男の人は、確かこっちの方向に向かっていた。この先には駅員さんたちがいる窓口がある。おそらくそこに届けたのだろう。
その窓口に行って、そのことを言えばハンカチは返してもらえる。
だけど。別にいいか。っていう気持ちが勝って、私の足は勝手に反対へと進んでいく。
グループチャットの通知音が鳴る。
「ごめん。今日行けんわ」
既読はまだ1だけど、きっと誰かが見るだろう。
コツコツと、私の足音だけが廊下に響く。物寂しい。こんな時、友達がとなりにいてくれたらな。ちょっと、羨ましく思う。
昆虫研究室のドアを開け、中に入る。
「やっほ~。芽生ちゃん」
若葉さんだ。
「奥谷、まだ来てないんだけど、知らない?」
今日来られないこと、グループチャットに書いてあるんだけどな。
「今日、奥谷さんはお休みです」
鈴川さんがパソコン作業をしながら答える。
「え。そうなの?てか、奥谷と話したの?意外」
ひとりごとで話が進んで色々と誤解が生まれている。
「あ、いや」
「ん?」
若葉さんが私を不思議そうな目で見つめる。
そもそも、なぜ私が説明しようとしているんだろう。鈴川さんと若葉さんの話なのに。また、頭がこんがらがってきて、分からなくなってくる。何を伝えたかったんだっけ。
「いえ。グループチャットで言っておりました」
鈴川さんが私の様子に気づいていないように平然と告げた。
夕焼けに照らされた道を歩く。
あの場所に辿り着き、私は近くにいる昆虫を眺めながら、蕾ちゃんを待つ。
「芽生さん」
蕾ちゃんが駆けてきた。
「ゴキブリの好物って、何だと思います?」
ゴキブリの。ゴキブリは人間の家に入ってくるから、おそらく人間の使うものが好きなのだろう。
「油?」
自信がなかったため、疑問形で答えると、悔しそうな顔をしながら「正解」と、返ってきた。
「なんで、知ってるんですか~?」
「なんか、テレビで見たことあったような気がする」
残念そうな声を漏らす。が、何かに気づいたように目つきが変わった。
「『〇×博士、昆虫を追う!』って、番組、知ってますか?」
その番組は、よくリアルタイムでやっているので、見たことがある。
「知ってるよ」
「ほんとですか!」
蕾ちゃんは、その番組がよほど好きなのか、その番組について熱く語り始めた。
「アレクサンドラトリバネアゲハの回はマジで神回です。アレクサンドラアゲハってのは、…」
アレクサンドラトリバネアゲハってのは、世界最大のチョウ。オセアニアのパプアニューギニアに生息していて、その国の切手にもなっている。翅の模様は、黒のラインの縁取られた翅の間に、澄んだ青が入っていて、とても美しい。
私は、蕾ちゃんの話にせわしなく相槌を打った。
ごつごつした手。スーツを着た会社員であろう男の人。差し出されたのはハンカチ。
首を振る。反射的に動いてしまった。怖いから。
男の人が去ってからポケットを確認する。
ない。
私の、だ。
その男の人は、確かこっちの方向に向かっていた。この先には駅員さんたちがいる窓口がある。おそらくそこに届けたのだろう。
その窓口に行って、そのことを言えばハンカチは返してもらえる。
だけど。別にいいか。っていう気持ちが勝って、私の足は勝手に反対へと進んでいく。
グループチャットの通知音が鳴る。
「ごめん。今日行けんわ」
既読はまだ1だけど、きっと誰かが見るだろう。
コツコツと、私の足音だけが廊下に響く。物寂しい。こんな時、友達がとなりにいてくれたらな。ちょっと、羨ましく思う。
昆虫研究室のドアを開け、中に入る。
「やっほ~。芽生ちゃん」
若葉さんだ。
「奥谷、まだ来てないんだけど、知らない?」
今日来られないこと、グループチャットに書いてあるんだけどな。
「今日、奥谷さんはお休みです」
鈴川さんがパソコン作業をしながら答える。
「え。そうなの?てか、奥谷と話したの?意外」
ひとりごとで話が進んで色々と誤解が生まれている。
「あ、いや」
「ん?」
若葉さんが私を不思議そうな目で見つめる。
そもそも、なぜ私が説明しようとしているんだろう。鈴川さんと若葉さんの話なのに。また、頭がこんがらがってきて、分からなくなってくる。何を伝えたかったんだっけ。
「いえ。グループチャットで言っておりました」
鈴川さんが私の様子に気づいていないように平然と告げた。
夕焼けに照らされた道を歩く。
あの場所に辿り着き、私は近くにいる昆虫を眺めながら、蕾ちゃんを待つ。
「芽生さん」
蕾ちゃんが駆けてきた。
「ゴキブリの好物って、何だと思います?」
ゴキブリの。ゴキブリは人間の家に入ってくるから、おそらく人間の使うものが好きなのだろう。
「油?」
自信がなかったため、疑問形で答えると、悔しそうな顔をしながら「正解」と、返ってきた。
「なんで、知ってるんですか~?」
「なんか、テレビで見たことあったような気がする」
残念そうな声を漏らす。が、何かに気づいたように目つきが変わった。
「『〇×博士、昆虫を追う!』って、番組、知ってますか?」
その番組は、よくリアルタイムでやっているので、見たことがある。
「知ってるよ」
「ほんとですか!」
蕾ちゃんは、その番組がよほど好きなのか、その番組について熱く語り始めた。
「アレクサンドラトリバネアゲハの回はマジで神回です。アレクサンドラアゲハってのは、…」
アレクサンドラトリバネアゲハってのは、世界最大のチョウ。オセアニアのパプアニューギニアに生息していて、その国の切手にもなっている。翅の模様は、黒のラインの縁取られた翅の間に、澄んだ青が入っていて、とても美しい。
私は、蕾ちゃんの話にせわしなく相槌を打った。



