神殺しのクロノスタシス7〜後編〜

「ふんぐぬぬぬぐぅぅ…」

「…キュレムさん、大丈夫ですか。人間にあるまじき声が出てますが」

おぉ、そうか。

「それはすまんね、つい…そう、母国の言葉が出てしまった」

「一緒ですけどね、母国…」

そーだっけ。

じゃあ、地方の…方言ってことで。

すると、奇妙な声を出している俺を心配したのか。

「ちょっと休みます?」

と、ルイーシュは聞いてきた。

なんだと。

「休んでられるかっ!」

俺は手を動かし続けながら、そう答えた。

全身が怒りで沸騰する、というのは、こういう時のことを言うんだろうな。

俺は怒っていた。

そりゃあもう、死ぬほど、怒っていた。

テストで、あと1点で黒点だったのに、ギリギリ赤点をだった時と同じくらい、怒っていた。

…え?それは自分の勉強不足のせいだろ、って?

黙れ。

「も〜ぉぉぉ…。堪忍袋の緒が切れたからな」

これまで俺は、スパイとしてキルディリア魔王国に潜入してからというもの。

あらゆる理不尽、あらゆる嫌なことに耐えてきた。

キルディリア魔王国本国にしても、このアーリヤット領にしても。

露骨なほどの非魔導師の差別に始まり、居心地の悪い「上級魔導師様」の扱いにも、ずっと耐えてきた。

自分の家に戻ったって、ブラマンジュちゃん他、メイドや使用人達の目が気になって、気を抜くことは出来ない。

それに、周囲の目を必死に誤魔化し、こそこそしながら。

潜入先で知り得た情報を、何とかしてルーデュニア聖王国に送る度。

バレやしないかと、びくびくするあの緊張感にも耐えた。

一瞬たりとも、気の休まらない生活にも、頑張って耐えた。

ルーデュニア聖王国にいた時に、ずっと毎週楽しみにしていた、新作のカップ麺を食べられないことにも耐えた。

たまにはジャンクフードでも食べたいな…。バーガー屋のフライドポテト食べたい…と思っても、耐えた。

ありとあらゆることに耐えて、耐えて、耐えてきた。

そうやって、スパイとして、キルディリア魔王国の上級魔導師として。

イシュメル女王の信頼を勝ち取る為に、俺にしては珍しいほどに、努力を重ねてきたのに。

…そのすべてが、見事に、ぱーんっと、泡と消えた。

「あんの、女狐め…!」

俺が毒づいているのは、勿論、キルディリアのイシュメル女王である。

絶対に許すことは出来ない。

先日、クロティルダがアーリヤット領にいる俺とルイーシュのもとを、こっそり訪ねてきて。

そして、こっそり教えてくれた情報によると。

なんと、俺とルイーシュがアーリヤット領にいる間に。

イシュメル女王が指示して、ベリクリーデちゃんをルーデュニア聖王国から連れ去り。

キルディリア魔王国に、無理矢理拉致していったという。

それを聞いた瞬間に、俺の脳みそは完全に沸騰した。

今にもちぎれそうになるのを、必死に、何度も結び直しては持ちこたえていた、俺の堪忍袋の緒は。

あっという間に、ぷちん、と音を立てて切れた。

俺やルイーシュのことなら、煮るなり焼くなり、好きにすれば良いがな。

だけど、ベリクリーデちゃんに手出しするのはナシだ。有り得ない。

イシュメル女王のあまりの狡猾さに、怒りを通り越して、逆に尊敬の念さえ生まれてくる。