神殺しのクロノスタシス7〜後編〜

既に、もう見てられない状況になってるんだが。

あろうことか。

魔導師憲兵は、転がり出てきたパンの包みを。

この中年女性の子供達が、首を長くして待っているであろう、大事な食糧を。

長靴の踵で、ぐしゃっ、と踏み潰した。

「ふん、こんなもの…」

「あぁぁっ…!」

女性の、悲鳴にも似た絶望の呻き声。

自分の子供達の命を繋ぐ為に必要な、大事な食糧を踏み躙られたのだ。

「『青カード』のガキなら、どうせそいつらも『青カード』なんだろ?…ふん、そんな役立たずのガキ共、豚の餌でも食ってろ」

魔導師憲兵は、そう言ってせせら笑った。

「あぁ…。あぁ、なんてことを…!」

無惨に踏みにじられ、台無しになった食糧を。

それでも女性は、何とか泥を払い、掻き集めようとしたが。

「さぁ、立て。こっちに来い!」

「いやっ…!やめて!やめてください!」

「抵抗するな。さっさとしろっ!」

「ひぐっ…!」

痺れを切らした魔導師憲兵は、杖を取り出し。

中年女性の剥き出しの肩に、煙草の火を押し付けるように。

杖の先に炎を纏わせ、女性の皮膚に押し付けた。

じゅっ、と肉の焦げる音と、女性の痛々しい悲鳴がこだました。

あまりの痛みに、女性は気を失ったらしく。

ぐったりと、死体のようになった彼女を、乱暴に縛り上げ。

数人の魔導師憲兵は、中年女性を引き摺って連れて行ってしまった。

…。

…信じられない。

信じられないことが、今、俺の目の前で起こった。

「お…お、お前ら…」

俺は、この場を立ち去ろうとする魔導師憲兵を、走って追いかけ。

その背中に、渾身の飛び蹴りを食らわせ。

「食べ物を粗末にするんじゃねぇ。魔導師じゃないからって、人様を馬鹿にするんじゃねぇ!!」…と。

思いっきり一喝して、そして急いで、女性の火傷の手当てをしたかった。

と言うか、間違いなくそうしていただろう。

…ルイーシュに、手首を掴まれていなければ。

「…キュレムさん。気持ちは分かりますけど。物凄く分かりますけど。…俺も今、多分、まったく同じことをしたいと思ってますけど」

「…」

「今はまだ、その時ではありません」

「…ちっ…く、しょう…」

悔しいけど、ルイーシュの言う通りだ。

今ここで、怒りを爆発させても。

それは俺の自己満足であって、誰の救いにもならない。何の解決にもならない。

ただ、俺の怒りが晴れるだけで。

「…キュレム様、ルイーシュ様。お見苦しいところをお見せしました」

ブラマンジュちゃんが、俺とルイーシュに謝罪した。

「まったくだよ…。畜生、何なんだアレは?」

「は、はい…。現在アーリヤット領では、戦後の混乱で流通が滞り、都市部での食糧不足が続いているようで…」

「…」

…そりゃ、そうもなるだろう。

他国に侵略戦争を仕掛けられれば。

「食糧価格が高騰し、貧しい非魔導師国民は、あのように、ヤミの食糧を購入する者が後を絶たないとか…」

「…」

「ですが、ご安心ください。本国から移住してきたキルディリア魔導師や、アーリヤット魔導師にも、食糧を優先確保しておりますので」

あのさ。

…そんな話をされても、全然安心出来ないんだが?

自分の心配をしてんじゃないんだよ。

食糧の確保なんて…一番大切なことだろうに…。それさえ、満足に出来ていないとは。

何をやってるんだ。アーリヤット総督府ってのは。