人間恐怖症の私は、氷と月のような君と共に




……いつ、冷がかけてくれた魔法が解けるんだろう。


いつ、あの体質が戻ってくるんだろう。


私は今、あれから……事故事件に巻き込まれたことはない。

……毎日通院しているけど、お母さんには……。

……いや、何もない。


ストレス障害になったのは、あの体質も関わっているだろうけど、私は、その他のことも関わっていると思う。


ほら、2階で、ドアも閉めて鍵もかけているのに、今も一階がうるさい。


もう、ほんとにやだ。

冷が来なくて、少し今はほっとしてる。


……去年の私より、ちょっと病んだ気がするから。

去年の私より、ストレスがやばい気がする。

私、ストレスで痩せちゃったよ?

もうきっと、あの純粋だった去年の私には、戻れない——。

学校の先生にも、友達にも話していない、この秘密のせいで……。

もう、そろそろこの日常が壊れていくんだろうな。いつか、くるとは思っていたけど……来ないで欲しいと、願っていたけど……。


もし、そうなったら……私は、どっちにするか、決めなくちゃ。


私はそう思って、ぼろぼろのベットにダイブして、ぼろぼろの布団を被った。

一階からの騒音を、遮るように。



** **




今日も今日とて学校だった。


鞄を部屋から取ってきて、身支度をする。


お母さんは、今日も仕事だ。

朝ごはんは、前まではお母さんが作ってくれていたんだろうけど、もう覚えていないほど昔のことだ。

最近、お母さんは仕事で忙しいから。……なんて。

自分で作った朝ごはんを、たった1人で食べるのは、侘しい。


それに、いい食材なんてないから、おいしくも無い。

私、いつになったらこれを抜け出してしまうんだろう。この日常を。

……私的には、あと2ヶ月もすれば、悪い意味でも抜けだしてしまうだろう。

——ガチャッ


毎度毎度、この瞬間の度に考えてしまう。


冷はいないかな、なんて。

そうして淡い期待と共に辺りを見渡して、落胆する。

「って、やばいっ……」

腕時計を見て、ハッとする。

……遅刻になるっ。


しょうがない……今日寝坊しちゃったんだから!

お母さんからもらった貴重な1000円が入った交通系電子マネーを握りしめて、宙を仰ぐ。

よし……えっと、すぐに着くバスは、何時に来るっけ……。

えー……っと、……やばい、あと5分じゃんっ……。

「……っ、急がないと!」

万年皆勤賞を目指している私には、遅刻なんて言語道断!

とにかく! 急がないと……!

近所迷惑にならない程度の足音でドタバタ走って、バス停を目指す。

み、見えてきた……けど、息が持たない……。

この運動音痴な私には、この程度の距離でも無理なのか……ただでさえ遅いのに、すぐ疲れるなんてっ……。

不意に視界の隅に入ってきたお婆さん。

少し……変な動きをしてる?

ふらふらと歩道を歩いていて、だいぶ危ない。

「あっ……」

そのお婆さんが、道路へと飛び出した。


その瞬間に、向こうから来た、私が待ち望んでいたバス。

——キキーッ


鳴り響くブレーキの音。でも、ずっと見てきたからわかる。この距離は間に合わないっ……。


気付くと私は、鞄を放り投げていた。

「キャーッ!」

通りすがりの人が悲鳴をあげると同時、私は道路へ飛び出した。

全て、スローモーションだった。

この感じ、ああ、懐かしい。














——私は、体質なんて忘れて、お婆さんを思いっ切り突き飛ばした。








私は人生1速く走ったけど、もちろん遅い私が間に合うはずもない。

近くにいたお姉さんが気付いて、私に手を伸ばしてきた。

私がその手を取った瞬間、そのお姉さんに思いっ切り歩道へ引っ張られた。


「はぁッ……はあっ、はあ」

スローモーションだった世界が、一気に戻った。


「あ、ありがとうございます!」

「あ……い、いえ!」

お辞儀するお婆さんに向かって頭を下げながら私はさりげなく距離を取る。

……こんな事故に……いや、事故なんて一回くらいは経験するでしょう……。


私は頭の中に浮かんで消えてくれない、「冷の魔法がとけた」という可能性を振り払った。