どうして、こんなに胸が騒がしいんだろう。

 

 朝、目を覚ましたときは、
 ただ“高校生活がはじまる”っていうだけで、
 それだけでじゅうぶん、ドキドキしてたのに。

 

 今の私は、
 誰かの声とか、まなざしとか、
 あたたかかった手のぬくもりとか。
 そんなことばかり、考えてる。

 

 

 保健室で見た、律先輩のまっすぐな瞳。
 音楽室で出会った、陽向先輩のまぶしい笑顔。
 図書室で隣に座ってくれた、澪先輩の静かな優しさ。
 カフェでくれた、柊真先輩のあったかい気づかい。
 そして——
 ソファの隣で、私の視線をまっすぐ受け止めてくれた、奏くんの声。

 

 どれも、全部。
 私の中に残ってて。
 どれも、“特別”みたいに感じてしまってる。

 

 

 ……でも、まだわからない。
 この気持ちが“恋”なのか、
 それともただ、“優しくされた”から揺れてるだけなのか。

 

 でも、ひとつだけ分かることがある。

 

 

 それは——

 

 私の毎日はもう、
 誰かを想わずにはいられない毎日に、変わってしまったってこと。

 

 

 名前を呼ばれるたびに。
 手がふれたときに。
 声が近くで響いたときに。

 

 私の心は、簡単に跳ねてしまう。

 

 

 ——どうしよう。
 こんな気持ち、知らなかった。

 

 まだ、“誰のこと”も選べてない。
 なのに、誰かの笑顔を思い出すたびに、
 胸の奥がぽかぽかして、
 少しだけ、切なくなる。

 

 

 私、いつか——
 “誰か”を、ちゃんと好きになってしまうのかな。

 

 

 そんなふうに思ってしまった自分が、
 なんだか少しだけ、大人になった気がして。

 

 そしてほんのすこしだけ、
 そんな私のことが、愛おしく思えた。