「結ー! やっほー!」
それからというもの、しょっちゅうリンクに遊びに来るようになった晶は、決まって私に話しかけてきた。
「なあ、サル子とフィリップ飛んでよ」
「サルコウとフリップだってば!」
無視しようと思っていても、つい反応してしまう。
「俺、思ったんだけどさ。サル子よりフィリップの方がかっこいいよな」
「名前が? そりゃ、サル子よりはフィリップの方が……」
「違う、飛び方」
え?と私は真顔になる。
「飛び方の違い? わかるの?」
「うん。他の子がレッスンしてるの見てるうちに、わかってきた。片足を後ろに引いてから飛ぶとかっこいいよな」
晶は、リンクの中央でレッスン生が次々とジャンプを飛ぶのを、目を輝かせて見つめている。
晴也先生が「次ー、ルッツ!」とジャンプの指示を出していた。
どうやらそれで晶も、ジャンプの名前を覚えたらしい。
「けど1番かっこいいのは、あれ!」
晶が指差す先を見ると、ちょうど高校生の男の子がダブルアクセルを飛んでいた。
「すっげーなあ。なんて名前のジャンプ?」
「アクセル」
「おおー! 名前もかっこいい! ちょっとやってみよ」
はっ!?と私が呆気にとられている間に、晶はガシガシと音を立てた不安定な滑りでスピードを上げる。
「え、ちょっと、まさか!」
そこから左足を前に踏み出したかと思ったら、晶は力任せに腕を振ってジャンプした。
「危ない!」
私の声がリンクに響く。
晶は中途半端に回転したあと、膝を伸ばしたまま着氷し、そのままステンと後ろに転んだ。
「晶!」
私は急いで晶のもとへ行く。
「晶、大丈夫? 頭打ってない?」
「へーき、へーき」
手を貸すと、晶はクシャッと笑いながら立ち上がった。
私はホッと胸をなで下ろす。
「もう……、ダメだよ。基本の滑り方も知らないのに、真似してあんなことするなんて。ケガしたらどうするの?」
「だってやってみたくてさ。でもやっぱり結はすげーな。簡単に飛ぶから、俺もできるかもって思った」
「だからって、いきなり飛ぶなんて。怖くないの?」
「怖い? なにが?」
「だから、飛ぶのが」
私の問いに、晶はキョトンとしながら首をひねった。
「飛ぶのって怖いのか? 俺、楽しそうでワクワクしながら見てたけど」
「怖いよ。失敗して転んだら、硬くて冷たい氷に身体が叩きつけられるもん。着ぐるみ着て練習したいって、いつも思ってる」
すると晶は、おかしそうに笑い出す。
「あはは! それいいじゃん。結、ウサギの着ぐるみで飛んでみて。絶対かわいいから。ピョーンって」
晶が頭の上に両手で耳を作ってピョンピョン跳ね、私は仏頂面になる。
「そんなの無理だし」
「なんで? 転んでも痛くないじゃん。グッドアイデア!」
着ぐるみ着て飛ぶ方が難しいのに。
こんなに無邪気に笑えるのは、なにも知らないからだ。
説明しても無駄だと、私は晶を置いて滑り出す。
なんだかむしゃくしゃしてきた。
なんであんなに明るく笑えるの?
ヨレヨレでまともに滑ることもできないのに、なにがそんなに楽しいの?
私はトップスピードでリンクを半周すると、ターンして後ろ向きになり、右足のアウトサイドエッジに乗ってから左足を前に踏み込んだ。
いら立ちをそのまま力に変えて飛び上がり、2回転半回ってからガツンと下りる。
「うっわー! すげー、結」
晶の大きな声がした。
全然すごくない。
こんな力任せのダブルアクセル。
きちんと回り切れてないし、着氷姿勢も悪くて流れが止まる。
それなのにパチパチと拍手をする晶に、私はカッとなった。
「ねえ、やめてって言ってんの!」
ザッとわざとエッジの音を立てて晶の前で止まると、声を荒らげる私に晶はまたしてもキョトンとする。
「なにを?」
「だから、なんにも知らないのに、すげーすげー言わないで!」
「だって、ほんとにすげーんだもん」
「どこが? バカにしてんの?」
「は? そっちこそ、なに言ってんの。めちゃくちゃかっこいいのに、なんでそんなに……」
その時、後ろから「結」と晴也先生の声がした。
「ふたりとも、リンクサイドに上がれ」
「でも……」
「いいから上がれ。他の人に迷惑だ」
いつになく真剣な顔の晴也先生に、私と晶は仕方なくついて行った。
それからというもの、しょっちゅうリンクに遊びに来るようになった晶は、決まって私に話しかけてきた。
「なあ、サル子とフィリップ飛んでよ」
「サルコウとフリップだってば!」
無視しようと思っていても、つい反応してしまう。
「俺、思ったんだけどさ。サル子よりフィリップの方がかっこいいよな」
「名前が? そりゃ、サル子よりはフィリップの方が……」
「違う、飛び方」
え?と私は真顔になる。
「飛び方の違い? わかるの?」
「うん。他の子がレッスンしてるの見てるうちに、わかってきた。片足を後ろに引いてから飛ぶとかっこいいよな」
晶は、リンクの中央でレッスン生が次々とジャンプを飛ぶのを、目を輝かせて見つめている。
晴也先生が「次ー、ルッツ!」とジャンプの指示を出していた。
どうやらそれで晶も、ジャンプの名前を覚えたらしい。
「けど1番かっこいいのは、あれ!」
晶が指差す先を見ると、ちょうど高校生の男の子がダブルアクセルを飛んでいた。
「すっげーなあ。なんて名前のジャンプ?」
「アクセル」
「おおー! 名前もかっこいい! ちょっとやってみよ」
はっ!?と私が呆気にとられている間に、晶はガシガシと音を立てた不安定な滑りでスピードを上げる。
「え、ちょっと、まさか!」
そこから左足を前に踏み出したかと思ったら、晶は力任せに腕を振ってジャンプした。
「危ない!」
私の声がリンクに響く。
晶は中途半端に回転したあと、膝を伸ばしたまま着氷し、そのままステンと後ろに転んだ。
「晶!」
私は急いで晶のもとへ行く。
「晶、大丈夫? 頭打ってない?」
「へーき、へーき」
手を貸すと、晶はクシャッと笑いながら立ち上がった。
私はホッと胸をなで下ろす。
「もう……、ダメだよ。基本の滑り方も知らないのに、真似してあんなことするなんて。ケガしたらどうするの?」
「だってやってみたくてさ。でもやっぱり結はすげーな。簡単に飛ぶから、俺もできるかもって思った」
「だからって、いきなり飛ぶなんて。怖くないの?」
「怖い? なにが?」
「だから、飛ぶのが」
私の問いに、晶はキョトンとしながら首をひねった。
「飛ぶのって怖いのか? 俺、楽しそうでワクワクしながら見てたけど」
「怖いよ。失敗して転んだら、硬くて冷たい氷に身体が叩きつけられるもん。着ぐるみ着て練習したいって、いつも思ってる」
すると晶は、おかしそうに笑い出す。
「あはは! それいいじゃん。結、ウサギの着ぐるみで飛んでみて。絶対かわいいから。ピョーンって」
晶が頭の上に両手で耳を作ってピョンピョン跳ね、私は仏頂面になる。
「そんなの無理だし」
「なんで? 転んでも痛くないじゃん。グッドアイデア!」
着ぐるみ着て飛ぶ方が難しいのに。
こんなに無邪気に笑えるのは、なにも知らないからだ。
説明しても無駄だと、私は晶を置いて滑り出す。
なんだかむしゃくしゃしてきた。
なんであんなに明るく笑えるの?
ヨレヨレでまともに滑ることもできないのに、なにがそんなに楽しいの?
私はトップスピードでリンクを半周すると、ターンして後ろ向きになり、右足のアウトサイドエッジに乗ってから左足を前に踏み込んだ。
いら立ちをそのまま力に変えて飛び上がり、2回転半回ってからガツンと下りる。
「うっわー! すげー、結」
晶の大きな声がした。
全然すごくない。
こんな力任せのダブルアクセル。
きちんと回り切れてないし、着氷姿勢も悪くて流れが止まる。
それなのにパチパチと拍手をする晶に、私はカッとなった。
「ねえ、やめてって言ってんの!」
ザッとわざとエッジの音を立てて晶の前で止まると、声を荒らげる私に晶はまたしてもキョトンとする。
「なにを?」
「だから、なんにも知らないのに、すげーすげー言わないで!」
「だって、ほんとにすげーんだもん」
「どこが? バカにしてんの?」
「は? そっちこそ、なに言ってんの。めちゃくちゃかっこいいのに、なんでそんなに……」
その時、後ろから「結」と晴也先生の声がした。
「ふたりとも、リンクサイドに上がれ」
「でも……」
「いいから上がれ。他の人に迷惑だ」
いつになく真剣な顔の晴也先生に、私と晶は仕方なくついて行った。



