氷上のキセキ Vol.1 ~リンクに咲かせるふたりの桜~【書籍化】

冬の試合を前に、プログラムを作り始める頃。
いつもの早朝貸し切り練習で、私と晶はどんなエレメンツを入れるかを相談していた。

「俺さ、なんかこう、自分の代名詞みたいな技を編み出したいんだよな」
「ああ、ハイドロブレーディングとかクリムキンイーグルとか?」
「いやいや、それはさすがに畏れ多いでしょ。レジェンドがいらっしゃるんだから」
「確かに。じゃあ、新たに何か考え出したら? ひとりデススパイラルとか」
「アホー! あんなのひとりでどうやってやるんだよ?」
「それを編み出すの。そしたら晶の代名詞になるよ?」

うひひ、と笑ってみせると、晶はモアイ像のような顔で睨んできた。

「じゃあ結、つき合えよな」
「なにに?」
「ひとりデススパイラルが可能かどうか、やってみる」

そう言うと私の手を取って滑り出す。

「ちょっ、待ってよ! できるわけないでしょ?」
「結が言い出したんだぞ。ほら、行くぞ」
「ギャー! なにこれー!」

晶はコンパスの軸みたいに立ち止まり、私の手をつかみながら円を描くように回す。

「ひゃー!」
「結、身体を倒せ」
「手、離さないでよ?」
「絶対離さない。俺を信じろ」

私は氷に背中から倒れ込むようにじわじわと姿勢を低くしながら、エッジを深くしていった。

「おおー、できてるぞ! 結」
「ちょっと待って。これ、どうやってもとに戻るのよ?」
「俺がゆっくり手を引くからな。行くぞ? せーの!」

晶の声に合わせてお腹に力を入れて身体を起こす。

「やった!」

気がつくと、晶の胸にギュッと抱き寄せられていた。

「すげーな、結!」
「うん。なんか、不思議な感覚だった。晶もよくできたね?」
「まあな。けど、ひとつだけはっきりした」
「なに?」
「ひとりデススパイラルは無理だ」
「あはは! 当たり前だっつーの!」

その時、晴也先生と真紀先生がスーッと近づいて来た。

「おいおいお前たち、なにやってんだよ? ケガしたらどうする」

そう言う晴也先生とは対照的に、真紀先生は目を輝かせて身を乗り出した。

「すっごいじゃない! 初めてでいきなりデススパイラルできるなんて。ね、ちょっとふたりでタイミング合わせながらシットスビンしてみて。サイド・バイ・サイドで」
「え? はい」

私と晶は首をひねりつつ、お互いの様子を見ながら踏み込みや回転のタイミングを合わせて回った。

「わー、きれいきれい! そしたら今度は、結ちゃんだけ逆回転してみて。できるでしょ?」
「はい、まあ……」

バッジテストも試合も関係なく、ただぼんやりと滑っていた時期に、私は気軽に色んなことにトライしていた。
逆回転のスピンも、その時に習得した。

私は晶と、軌道とスピンの位置を指で確認してから、またタイミングを合わせてシットスピンをする。

「すっごーい! 完璧なミラースピン!」

バチバチと拍手をする真紀先生の声を聞きながら、私たちは回転を止めて両手を開いた。

「ね、晴也。これはひょっとしていけちゃうかもよ?」
「……真紀。もしかして今、恐ろしいこと考えてる?」
「ううん、ものすごーくワクワクすること考えてる」
「それが恐ろしいの!」

私と晶はもう一度顔を見合わせてから、ふたりに聞いてみた。