氷上のキセキ Vol.1 ~リンクに咲かせるふたりの桜~【書籍化】

フリースケーティング『さくらのうた』

6/8拍子のこの曲は、フィギュアスケートでは滑りにくいのかもしれない。
だけど私にとってはこの曲しか考えられなかった。

『うた』とタイトルについているのに歌詞はない曲。
言葉ではなく、スケートで晶に想いを伝えたい私には唯一無二の曲に思えた。

曲のしらべに合わせて、私は滑り出す。
美しく優しいメロディー。
幸せなあの頃が蘇り、傷ついた心の痛みを温かく包んでくれる。

私の指先から、花びらが舞うように。
リンクいっぱいに桜の花が咲き誇るように。

私は胸いっぱいに想いを込めて滑る。

桜吹雪のループジャンプ。
風に舞う花びらのようなスパイラル。
ふわっと軽やかなバレエジャンプ。
動きのひとつひとつに、残像がきれいに残るように。
満開の桜の木を咲かせられるように。

ラストのレイバックスピンからの片手ビールマン。
右足を頭上に引き上げて天井を見上げると、降りそそぐ桜の花びらと晶の笑顔が見えた。

「結、ほら」

そう言って、手のひらに載せた花びらを見せてくれる。

(ありがとう、晶)

花びらを受け取るように手を高く伸ばし、天を仰いでフィニッシュを決める。
まぶしく輝くライトが、涙でにじんで見えた。