氷上のキセキ Vol.1 ~リンクに咲かせるふたりの桜~【書籍化】

「あら、結ちゃん? どうかしたの?」

ロッカーから乱暴に荷物を取り出していると、真紀(まき)先生が声をかけてきた。
晴也先生と同じく、ここ新海(しんかい)アイスアリーナでフィギュアスケートのコーチをしている。

「別に」

真紀先生に短く返事をして、私はスポーツバッグに練習着やスケート靴を詰め込んでいく。

「ちょ、ちょっと待って結ちゃん。何やってるの?」
「スケート、やめるんで」
「えっ!? どうして急に……」
「急じゃないです」
「とにかく、ちょっと待って。今、晴也先生を呼んでくるから」
「晴也先生には伝えました。それじゃあ」

バタンとロッカーを閉めると、結ちゃん!という真紀先生の声を無視して、私は足早にロッカールームを出た。

ヨガマットを敷いてストレッチをしているレッスン生や、顔なじみの貸し靴カウンターのおじさん。
みんなの視線を感じながら通路をスタスタと歩いて行く。

(最後くらい、ちゃんとしたかった)

14歳にもなって、挨拶もできない自分に腹が立つ。
だけど無理なものは無理なんだ。

自分の気持ちを自分で持て余す。
いら立ちや悲しみ、怒りや寂しさ、そしてなんとも言えないやるせなさ。

(こんなのどうしろって言うの?)

自分ひとりでは抱えきれない。
胸が張り裂け、押しつぶされそうになる。

外に出ると、満開の桜の木からハラハラと花びらが私の頭上に降りそそいだ。

(今はこんなにきれいでも、どうせすぐに散っちゃうし)

だからわざと視線をそらす。
私は唇をギュッと噛みしめると、9年通った大切な場所から逃げるように立ち去った。