氷上のキセキ Vol.1 ~リンクに咲かせるふたりの桜~【書籍化】

「晶のお父さんがリンクに来たんだ。すごい剣幕で館長に問い正してた。晶はどこだ? って。どこに晶を隠したんだ? って」
「晶を、隠した?」

意味がわからず、私は先生の言葉を待つ。

「晶が、お母さんの再婚でリンクの近くに引っ越してきたことは、結も知ってるだろ?」
「はい、晶が小学3年生の時に」
「ああ。それでな、これは結だから話すけど……。晶の新しいお父さんは、晶とお母さんにDV、つまり暴力をふるっていたんだ」
「えっ、まさか!」

そう言ってから、私は急に思い出した。

「先生、もしかして晶の腕や足に青あざがあったのは……」
「ああ。お父さんの暴力のせいだと思う」
「そんな! 晶は、ジャンプに失敗して転んだからだって……」
「確かにそれもある。結もリンクで転べば、あちこちあざができるだろ? だけど晶は、腕の内側とか不自然なところにもあざがあったんだ。それに今思えば、更衣室で着替える時も妙に急いでた。きっと胸とか背中にもあざができてたんだと思う」

私はもうなにも言葉が出てこない。
身体がカタカタと震え始めた。

「大丈夫か? 結」
「大丈夫です。それで?」

私は身を乗り出して先生に先を促した。
晶のことを、ちゃんと知りたい。
知らなければいけなかった。

「……お父さんがあまりに騒ぐから、館長が警察を呼んだんだ。お父さんから事情を聞いた警察の話では、どうやらずっとDVは続いていたみたいだ。お酒に酔ってむしゃくしゃすると、お母さんに手を上げていたらしい。晶はお母さんをかばってお父さんの前に立ちふさがり、そんな晶にますます腹が立ったとお父さんは言っていたらしい。そして3月の終わりに、突然晶とお母さんは家からいなくなったそうだ」

私はギュッと両手を握りしめる。
その頃だ。
晶がリンクに来なくなったのも。

どうして私はなにも気づけなかったんだろう。
誰よりも晶の近くにいたのに。
晶は私を助けてくれたのに。

「それでな、ここからは想像でしかないんだけど。晶はどうやらお母さんを説得して、母子シェルターに避難したらしい。晶の机の中から、資料が出てきたそうだ」
「母子、シェルター?」

初めて聞く言葉だった。

「ああ、お母さんと子どもが一時的に避難できる場所だ。そこに保護されれば、お父さんは追いかけて来られない。シェルターの場所も秘密にされているから。その代わり、晶は外部と連絡を取らなくなった。つまり、結にも俺にも、なにも言えずに家を出るしかなかったんだ」

胸が張り裂けそうになり、涙がとめどなくあふれてくる。
晶がそんなにも壮絶な状況にいたなんて。

嗚咽をもらして泣き続ける私に、先生も涙ながらに頭を下げた。

「ごめん、ごめんな結。晶も、ごめん。俺、毎日近くにいたのに。晶のそばにいたのに、俺が助けなきゃいけなかったのに……」

そのあとは言葉にならず、先生は声を震わせた。
こんな先生は初めて見る。
こんなに泣いている大人も初めて見た。

私たちは込み上げる涙をどうにもできず、ひたすら泣き続けていた。