「……桜、また今年も咲いたな」
泣きつかれた私をベンチに座らせた晶は、満開の桜を見上げてポツリと呟いた。
「よし、今年もひらひらキャッチするか」
晶は立ち上がり、舞い落ちる花びらに向かってジャンプする。
パチンと手のひらを合わせると、私を振り返った。
「キャッチ、できたと思う?」
「思わない。一回じゃ無理だよ」
「どうだろ」
晶は私の前まで来ると、そっと手を開いた。
そこには小さなピンク色の花びらが一枚、確かにある。
「やった!」
「え、すごい。なんで晶は簡単にできるの?」
「結もやってみたら? 一回で取れるって」
「そうかな」
私も立ち上がり、下から桜の木を見上げる。
狙いを定めてポンと飛び上がり、手と手を合わせた。
「いけたんじゃない?」
晶がワクワクした様子で私の手を取る。
けれど開いた私の手の中は空っぽだった。
「ほらね。やっぱり晶しか無理だよ」
「じゃあ、これ。結にやる」
そう言って晶は、私の手のひらに花びらを載せた。
「毎年、俺がキャッチして結にやる」
「毎年一回でキャッチするの?」
「そう。来年も、再来年もな。約束する」
「えー、そんなこと言っちゃって、できなかったらどうするの?」
「大丈夫。俺、できる男だから」
なにそれ、と私は思わず吹き出して笑った。
「でも晶ならほんとにできそうな気がする。すごいもんね、晶って。びっくりするほどスケートうまくなったし」
「結が教えてくれたからな」
「え? 晴也先生じゃないの?」
「スケートってこんなに楽しいんだって、一番大事なことを教えてくれたのは結だ」
思わず言葉に詰まる私を、晶は真っ直ぐに見つめた。
「ここに引っ越してきた時、不安で寂しくて仕方なかった。たまたま散歩しててこのリンクを見つけて、ふらっと中に入ったらジャンプしてる結がいたんだ。もうびっくりして目が離せなくなった。結は男子に交じってすごいスピードで滑って、軽々と高く飛んでた。かと思ったら、スピンを高速でクルクル回ってて。俺のウジウジした暗い気持ちが、パーッと晴れていったよ。明るい世界が開けた気がした」
ニッと笑う晶に「大げさだよ」と私は呟く。
「結には大げさに聞こえても、俺にとってはほんとのことだ。結に憧れてジャンプ飛びたくなったし、結のあとを追ってきれいに滑りたいって思った。まちがいない、結ってすげーよ」
太陽みたいに笑う晶を見ていると、私の心がじわりと温かくなるのを感じた。
胸に抱えた大きな黒いかたまりが、徐々に溶けてなくなっていく。
「私……、私もなの。晶ってすごいって思った。あっという間にどんどんうまくなって、負けてられないって思った。だけどバッジテストに次々と合格して嬉しそうな晶を見てると、まぶしくて目をそらしたくなった。私は晶みたいに、純粋にスケートと向き合えないから……」
いつの間にかぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
「ずっと、お母さんに滑らされてきた気がする。お母さんが叶えられなかった夢を叶えなさいって、プレッシャーに押しつぶされそうだった。だから6級に受かりたくなかったの。お母さんを超えたら、もっともっと苦しくなる気がして……」
しゃくり上げながら話す私の言葉を、晶はじっと聞いてくれた。
「飛びたい、もっとうまくなりたい。だけどお母さんに見られたくない。夢を押しつけられたくない。私は私でスケートをやっていきたい」
「うん」
「なんでも話せる友達もいないの。学校もつまらない。でもリンクに来れば晶がいる。滑ってると心が落ち着く。私の居場所はここなんだって思える」
「うん」
「私からスケートがなくなったら、自分がどうなるかわからない。どうやって生きていけばいいかもわからない」
「うん」
「なんで? 私ってなんでこんなに弱いの?」
「違う、結は弱くない」
きっぱりと言い切る晶に、私は思わず顔を上げる。
「結は弱くなんかない。つらい気持ちも寂しさも不安も、全部抱えて一生懸命毎日を生きてる。俺を一瞬で惹きつけるくらいスケートで輝いてる。自分で気づけなくても、俺は知ってる。結がどんなに努力してるか、何度転んでも起き上がってきたか。結が……、どんなにスケートを好きか」
私の目から新たな涙が一気にあふれ出た。
「晶、晶……。私、スケートが好き。やめたくない」
「うん」
「ほんとは続けたい。もっともっとうまくなりたい」
「うん」
「だけどお母さんから逃げたい。立ち向かう勇気もないの」
「うん、それでいいんだ。結が好きなことを、したいようにすればいいんだ」
なぜだろう。
晶の言葉は私の心の真ん中ににストンと落ち着いた。
「……私、続けてもいい? スケート」
「当たり前だ」
そう言って笑う晶は、やっぱり太陽のようだと私は思った。
泣きつかれた私をベンチに座らせた晶は、満開の桜を見上げてポツリと呟いた。
「よし、今年もひらひらキャッチするか」
晶は立ち上がり、舞い落ちる花びらに向かってジャンプする。
パチンと手のひらを合わせると、私を振り返った。
「キャッチ、できたと思う?」
「思わない。一回じゃ無理だよ」
「どうだろ」
晶は私の前まで来ると、そっと手を開いた。
そこには小さなピンク色の花びらが一枚、確かにある。
「やった!」
「え、すごい。なんで晶は簡単にできるの?」
「結もやってみたら? 一回で取れるって」
「そうかな」
私も立ち上がり、下から桜の木を見上げる。
狙いを定めてポンと飛び上がり、手と手を合わせた。
「いけたんじゃない?」
晶がワクワクした様子で私の手を取る。
けれど開いた私の手の中は空っぽだった。
「ほらね。やっぱり晶しか無理だよ」
「じゃあ、これ。結にやる」
そう言って晶は、私の手のひらに花びらを載せた。
「毎年、俺がキャッチして結にやる」
「毎年一回でキャッチするの?」
「そう。来年も、再来年もな。約束する」
「えー、そんなこと言っちゃって、できなかったらどうするの?」
「大丈夫。俺、できる男だから」
なにそれ、と私は思わず吹き出して笑った。
「でも晶ならほんとにできそうな気がする。すごいもんね、晶って。びっくりするほどスケートうまくなったし」
「結が教えてくれたからな」
「え? 晴也先生じゃないの?」
「スケートってこんなに楽しいんだって、一番大事なことを教えてくれたのは結だ」
思わず言葉に詰まる私を、晶は真っ直ぐに見つめた。
「ここに引っ越してきた時、不安で寂しくて仕方なかった。たまたま散歩しててこのリンクを見つけて、ふらっと中に入ったらジャンプしてる結がいたんだ。もうびっくりして目が離せなくなった。結は男子に交じってすごいスピードで滑って、軽々と高く飛んでた。かと思ったら、スピンを高速でクルクル回ってて。俺のウジウジした暗い気持ちが、パーッと晴れていったよ。明るい世界が開けた気がした」
ニッと笑う晶に「大げさだよ」と私は呟く。
「結には大げさに聞こえても、俺にとってはほんとのことだ。結に憧れてジャンプ飛びたくなったし、結のあとを追ってきれいに滑りたいって思った。まちがいない、結ってすげーよ」
太陽みたいに笑う晶を見ていると、私の心がじわりと温かくなるのを感じた。
胸に抱えた大きな黒いかたまりが、徐々に溶けてなくなっていく。
「私……、私もなの。晶ってすごいって思った。あっという間にどんどんうまくなって、負けてられないって思った。だけどバッジテストに次々と合格して嬉しそうな晶を見てると、まぶしくて目をそらしたくなった。私は晶みたいに、純粋にスケートと向き合えないから……」
いつの間にかぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
「ずっと、お母さんに滑らされてきた気がする。お母さんが叶えられなかった夢を叶えなさいって、プレッシャーに押しつぶされそうだった。だから6級に受かりたくなかったの。お母さんを超えたら、もっともっと苦しくなる気がして……」
しゃくり上げながら話す私の言葉を、晶はじっと聞いてくれた。
「飛びたい、もっとうまくなりたい。だけどお母さんに見られたくない。夢を押しつけられたくない。私は私でスケートをやっていきたい」
「うん」
「なんでも話せる友達もいないの。学校もつまらない。でもリンクに来れば晶がいる。滑ってると心が落ち着く。私の居場所はここなんだって思える」
「うん」
「私からスケートがなくなったら、自分がどうなるかわからない。どうやって生きていけばいいかもわからない」
「うん」
「なんで? 私ってなんでこんなに弱いの?」
「違う、結は弱くない」
きっぱりと言い切る晶に、私は思わず顔を上げる。
「結は弱くなんかない。つらい気持ちも寂しさも不安も、全部抱えて一生懸命毎日を生きてる。俺を一瞬で惹きつけるくらいスケートで輝いてる。自分で気づけなくても、俺は知ってる。結がどんなに努力してるか、何度転んでも起き上がってきたか。結が……、どんなにスケートを好きか」
私の目から新たな涙が一気にあふれ出た。
「晶、晶……。私、スケートが好き。やめたくない」
「うん」
「ほんとは続けたい。もっともっとうまくなりたい」
「うん」
「だけどお母さんから逃げたい。立ち向かう勇気もないの」
「うん、それでいいんだ。結が好きなことを、したいようにすればいいんだ」
なぜだろう。
晶の言葉は私の心の真ん中ににストンと落ち着いた。
「……私、続けてもいい? スケート」
「当たり前だ」
そう言って笑う晶は、やっぱり太陽のようだと私は思った。



